バスと電車と足で行くひろしま山日記 第39回 寂地山(岩国市・廿日市市)
今回チャレンジした寂地山(じゃくちさん 1337メートル)は山口県の最高峰だ。広島の山ではないが、県2位の吉和冠山(1338.9メートル)と峰続きになっており、下山口は廿日市市なので「ひろしま山日記」の本編に入れることを許していただきたい。(第36回の羅漢山も山頂は山口県)実は、今回のハイライトは山ではなく麓にある寂地峡だ。9月の三連休の中日、日本の滝百選に選ばれた名瀑群と名水百選の清水、峡谷に刻まれた人々の営みの跡をたどった。
▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)①JR山陽線(おとな片道240円) 横川(7:04)→宮内串戸(7:20)
②広電バス佐伯線(おとな片道400円) 宮内串戸駅(7:32)→さいき文化センター(8:05)
③吉和さくらバス(おとな片道150円) さいき文化センター(8:25)→冠高原入口(8:50)
帰り)①吉和さくらバス 冠高原入口(15:54)→さいき文化センター(16:20)
②広電バス佐伯線 さいき文化センター(16:32)→宮内串戸駅(17:07)
③JR山陽線 宮内串戸(17:26)→横川(17:39)
登山口までの長い道のり
最寄りのバス停は吉和さくらバスの冠高原入口になる。山口県側から入ろうとすると、JR岩国駅から第3セクターの錦川清流線に乗り換えて終点・錦町駅へ行き、さらに岩国市生活交通バスを2本乗り継ぐことになる。ただ、土曜日のバスは1日2便、早い便でも寂地峡入口到着が午後2時半くらいなのでとても登山には使えない。錦川沿いの風光明媚な路線を走る錦川鉄道に乗ってみたいのはやまやまだったがあきらめた。
冠高原入口からは国道434号を歩いて冠高原を通過。吉和冠山の登山口でもある標高776メートルの松の木峠を越え、標高差約300メートルを下って(!)約7キロ先の寂地峡案内所を目指す。約1時間20分の長いロード歩きだ。好天の割には涼しく、ほとんど下りだったのでそれほどしんどくはない。中国自動車道の高架をくぐってしばらくすると、岩国市生活交通バスの終点・寂地登山口バス停。登山口といいながら「ここから寂地山には登れません」の表示があるなぞのバス停だ。
宇佐川沿いのひなびた道沿いにはススキが穂を出している。峡谷に入る前に900年余り前に大分県の宇佐八幡宮から分霊したという宇佐八幡宮に立ち寄って登山の無事を祈願した。社殿を囲むスギの巨木群はなかなか見事なものだ。
常国の集落ではススキが穂を出していた 宇佐八幡宮の社殿を囲む大スギ名水の滝めぐり
峡谷入口の寂地峡案内所からキャンプ場に向かう。連休中とあってテントサイトは家族連れで大にぎわいだ。昨今のサウナ人気を反映してか、オレンジ色のおしゃれなテントサウナも設置されていた。すぐ横が渓流なので、汗をかいた後はすぐに飛び込んで体を冷やせる。これは「ととのう」こと請け合いだろう。
寂地峡案内所 キャンプ場に設置されていたテントサウナキャンプ場を抜けて小さな橋を渡ると滝めぐりの始まりだ。高低差約120メートルの急峻な峡谷に五つの滝が連続しており、「五竜の滝」と総称されている。下流側から「竜尾の滝」「登竜の滝」「白竜の滝」「竜門の滝」「竜頭の滝」と名付けられているが、ほかにも小さな無名の滝が連続しており、全体が一つの滝といってもいいくらいだ。登山道の入り口にもなっている遊歩道が川沿いに取り付けられており、滝を間近に感じながら登ることができる。
感動するのは、水のきれいさだ。多くの山で川に出会ったが、これほど水量が豊富で、かつ透明度の高い川は経験がない。二段滝となっている「竜尾の滝」の滝つぼはわずかに緑がかっている。川底の石のひとつひとつがくっきりと見え、水面の波紋と陽光に照らされて絶えず表情を変える。飽きない情景だが、ここであまり時間を費やしてはいられない。
滝の右側の階段を上る。道は反対側に変わり、ほどなく「登竜(とりゅう)の滝」についた。右手から白い岩肌を滑るように水が流れ、深さを増した淵はエメラルドグリーンに輝いている。すぐ上の「白竜の滝」には直近まで寄ることができる。小さな無名の滝が連続する区間は遊歩道の赤い橋が緑に映えて絵になる。ここを抜けると傾斜が急になり、川幅も狭まって左右から岩壁が迫ってくる。「竜門の滝」は前面に岩が立ちはだかっていて全体が見渡しづらいが、落差18メートル、峡谷中で最も大きな滝だ。最後の「竜頭(りゅうとう)の滝」は遊歩道から全容を望める。落差14メートルの水流も見事だが、淵の神秘的な緑色は引き込まれそうになる。「日本の滝百選」にして「名水百選」。この5つの滝だけでも一見の価値ありだ。(動画もご覧ください)
山の暮らしの跡をたどる
「竜頭の滝」を過ぎ、最後の急な階段を上りきると、トンネルとトンネルの間に出た。木馬(きうま)トンネルだ。山中のケヤキやスギなどの木材を運び出すために、のみだけで手掘りしたもので、天井は低く、壁はごつごつした手掘りらしい跡が残る。木馬とは木材運搬用のそりのことで、木馬道に並べた丸太の上を滑らせるようにして運んだのだという。(動画もご覧ください)
木馬トンネル右のトンネルを抜けると、下流に五竜の滝があるとは思えないほど緩やかな峡谷になる。登山道も遊歩道といっていいくらい歩きやすい。40分ほど歩くと、川沿いにしっかりした石積みの基礎が現れた。水車小屋の跡だそうだ。上流には水車小屋に水を送った水路の跡とみられる石積みも残っていた。正午ごろに谷が左右に分かれる広場に到着。ここで昼食休憩にしよう。後で調べると、対岸には石垣や平地があったようだが、夏草が生い茂っていたせいかよくわからなかった。
この先、稜線上のみのこし峠(約1130メートル)までタイコ谷を遡るのだが、地形図を見ても標高差は約300メートル、等高線が詰まっていて急な上りが続く道だ。これも後で調べてわかったことだが、谷筋にはわさび田の跡もあったらしい。この時は足を運ぶのに必死で気が付かなかった。こんな山中奥深くまで人々が暮らし、働いていた時代があったことに感慨を覚えた。
修行のような山登りと下山
山登りの楽しみのひとつは、山上からの眺望だ。どんなにきつい登山でも、頂上からすばらしい眺めを味わえれば疲れも吹き飛ぶ。だが、今回のコースはほとんどが谷筋だったり、樹木に囲まれた林間だったりして、景色が見えるポイントがないのだ。唯一、みのこし峠に着く直前に羅漢山方面を望める場所があったが、それとても視野は狭く、絶景には程遠い。みのこし峠から寂地山への約1時間の稜線歩き(結構アップダウンあり)の道中も、登り始めから標高差約850メートル、3時間20分かけてたどりついた寂地山の山頂も展望なし。ガイドブックには山頂について「展望はないが、心安らぐ空間だ」と書いてあったが、落ちつきはするものの楽しい環境ではない。山頂の標柱がなければ頂上であることもわからないくらいだ。ただ、ここまでの道はよく整備されていてとても歩きやすかった。
みのこし峠の直下で羅漢山が見えた みのこし峠。稜線の道はきれいに整備されていた 尾根道を囲む木々 まったく展望がきかない寂地山の山頂下山開始は14時。冠高原入口発の上りバスの発車時刻は15時54分。往路でも通った松の木峠までのコースタイムは1時間35分、松の木峠からバス停までは約15分だから、スムーズに運んで到着は15時50分。かなりぎりぎりだ。急いで歩き始めるが、広島県側に向かう道は結構荒れている。ササが地面を覆って道が見えなくなっているところもあり、木に巻かれた赤テープを目印に見当をつけなければならないところも。吉和冠山への登山道と合流してからも、展望がほとんどない道をひたすら下る。途中の小さな上りでは足がつりそうになるのをがまんしながら何とか松の木峠に下山。バス停には15時47分に着いた。総歩行距離は20.2キロだった。
ササに覆われた下山路。前方の赤テープが頼り 下山路からわずかに見えた羅漢山 林間の道をひたすら下る2022.9.24(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》
<メモ>
記事の通り、寂地峡・寂地山を公共交通機関で回るのは結構厳しい。寂地峡まで車で行くのが無難だろう。寂地峡案内所から林道を右に行くと犬戻(いぬもどし)峡で、犬戻の滝という美しい滝があるが、遊歩道は通行止めになっていた。寂地峡から寂地山頂を経て犬戻峡を周回するコースも取れるが、通行できるかどうかは寂地峡案内所(0827-74-0776、キャンプ場の問い合わせも)で確認を。
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」