バスと電車と足で行くひろしま山日記 第28回 十方山(廿日市市)
国定公園に指定されている西中国山地には魅力的な山が多い。とはいえ、広島市内から公共交通機関と徒歩だけで日帰りできる山、となるとかなり限られてくる。北広島町の臥龍山(https://hread.home-tv.co.jp/post-92888/)や、廿日市市の吉和冠山(https://hread.home-tv.co.jp/post-112701/)はこれまでの連載で紹介したが、行けることはわかっていても取り上げていなかった名山がある。県内第3位の高峰、十方山(1318.8メートル)=廿日市市=だ。
この山の最寄りのバス停は廿日市市のコミュニティバス・吉和さくらバスの駄荷バス停。最寄りとはいえ、登山口までは片道3.8キロのロードを歩かなければならない。そこから山頂までの標高差は約800メートル(!)。これは、広島県内の山では白木山(広島市安佐北区)と並ぶ数字で、山頂まではほぼ急登の連続だ。一方で、麓には県内随一といわれるすばらしい滝があり、さまざまな山野草が花開く季節でもある。滝と花を楽しみに、気合を入れて挑戦してみた。
▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)①JR山陽線(おとな片道240円) 横川(7:04)→宮内串戸(7:20)
②広電バス佐伯線(おとな片道400円) 宮内串戸駅(7:32)→さいき文化センター(8:05)
③吉和さくらバス(おとな片道150円=全線均一料金) さいき文化センター(8:25)→駄荷(9:05)
帰り)①吉和さくらバス 駄荷(15:37)→さいき文化センター(16:17)
②広電バス佐伯線 さいき文化センター(16:32)→宮内串戸駅(17:07)
③JR山陽線 宮内串戸(17:26)→西広島(17:39)
ロード歩きから名瀑へ
登山口までの最後の集落になる駄荷のバス停からは太田川右岸の県道269号を歩く。いきなり「ここから走行注意 レベル4」と少し恐ろしげな標識が現れる。広島県のHPによると、落石やがけ崩れの発生するおそれが高い区間だそうだが、好天であれば問題はなかろう。勢いよく流れる太田川を左の眼下に見ながらひたすらロードを歩く。両側は傾斜のきつい斜面が迫るが、道路そのものは比較的平坦で歩きやすい。進むにつれて川面が近くなり、左岸に渡る橋まで来ると流れも緩やかになる。この先は立岩ダムの貯水池だ。「竜神湖」の名がついている。
駄荷バス停。広電の路線バス時代の表示が残る 登山口までは3.8キロの舗装路歩き。「レベル4」は落石やがけ崩れの発生するおそれが高い区間だそうです約40分で駐車場とログハウス風のトイレのある登山口に到着。既に数台の車が止まっていた。直接登るなら右側の道だが、名瀑と評判の瀬戸の滝を経由する左の道を選ぶ。渓流沿いの遊歩道はよく整備されている。鮮やかになり始めた新緑を楽しみながら10分ほど歩くと、3つのトラス橋が連なる場所に。これはなかなか絵になる。だんだんと滝の水音が迫ってくる。さらに5分、瀬戸の滝が眼前に現れた。
登山口のログハウス風のお手洗い。広い駐車場もあり 瀬戸の滝への入り口 トラス橋が架かる遊歩道 瀬戸の滝直近の展望広場には倒木で近付けず落差49メートルを誇る二段滝だそうで、滝つぼの直近には展望広場があるのだが、手前に倒木が折り重なっていて近寄れない。樹木がじゃまになって上段部分は見えない。登山道に通じる右手の斜面を10数メートルよじ登ると、ようやく全体が見えた。懸崖の中から水流が現れ、豊富な水が「ゴオッ」という轟音を立てながら流れ落ちている。名瀑といわれる滝は数々あるが、最近は上流部に砂防工事などが施されて本来の姿を失っているところも少なくない。その点この滝は上流に人工物はない。西中国山地の脊梁の豊かな自然に囲まれたロケーションといい、規模といい、すばらしい。十方山に来たらぜひ立ち寄ってほしい。(動画もご覧ください)
瀬戸の滝下段 対岸の斜面から見た瀬戸の滝。二段の落差は49メートルもある
ルートを彩る春の花たち
今回行ったのは大型連休前。中国山地は花の季節が始まる時期だ。退屈なロード歩きや、しんどい登山道の登りを癒してくれた花々をまとめて紹介しよう。
県道296号を歩き始めてすぐ目についたのが筒状の苞(ほう)をつけたマムシグサ。サトイモの仲間で秋には鮮やかな橙色の実(番外編「比婆山連峰」に登場)をつけるが、名前の通り毒草だ。紫系の花も豊富。どうしても名前がわからなかったが、蘭の仲間のような印象的な花も見た。ラショウモンカズラはシソ科の多年草。ヤマブキは「山吹色」の元になった黄色の花びらが印象的だ。万葉集では恋の花として詠まれている。珍しくはないが、セイヨウタンポポの黄色の花も鮮やかだ。そういえば在来種のタンポポはとんと見かけなくなった。
マムシグサ(県道296号沿い) 印象的だけど名称不明(県道296号沿い) ヤマブキ(県道296号沿い) ラショウモンカズラ(県道296号沿い) セイヨウタンポポ(県道296号沿い)山に入ると、一層彩りが増す。瀬戸の滝から登山道に向かう標高650メートル付近にはタチツボスミレ。ハート型の葉が愛らしい。ひと口にスミレといっても、国内には55種類もあることが知られており、宝塚歌劇で知られる宝塚音楽学校のシンボルとしても有名だ。1000メートルを超えたあたりで見かけたサクラスミレは、華やかさが際立つ。日本産のスミレの中では最も花が大きい部類に属するそうだ。
タチツボスミレ(650メートル付近) サクラスミレ(1080メートル付近)ニシキゴロモはシソ科の多年草。優美な名は、葉の色が美しいことに由来するという。先が細かく分かれたピンク色の花が印象的なのはイワカガミ。風情のある名前は、来年のNHKの朝ドラ「らんまん」の主人公で日本の植物学の父といわれる牧野富太郎が著した図鑑(高知県立牧野植物園が公開している「牧野日本植物図鑑インターネット版」)に「和名岩鏡ハ岩上ニ生ジ、葉面光沢アリテ鏡面ノ如シト云フニ基ク」と記述(項目名は「いはかがみ」)されている。登山道のあちこちで白い花をつけているのはムシカリ(オオカメノキ)だ。山頂付近には紅紫色の細い花びらを鐘状に集めたショウジョウバカマが目を引き、名残の花をつけたアセビも見られた。季節が進むとササユリやアカモノ、ヤマジノホトトギス、ツルリンドウなどさらに多彩な花々が見られるそうだ。
ニシキゴロモ(870メートル付近) イワカガミ(890メートル付近) ムシカリ(オオカメノキ 1140メートル付近) ショウジョウバカマ(山頂付近) アセビ(山頂付近)十方を望む展望の山頂へ
さて、本題の登山だ。十方山は遠くから見ると優しい山容なのだが、断層沿いに太田川が削った深い谷底から800メートルの標高差を一気に登るメインルートは、県内でも一、二を争う「登りがいのある」山だ。
瀬戸の滝からは急登が続くうえ道も荒れており、雨上がりだと滑りやすい。30分ほどかけて本来の登山道に合流し、谷筋を登る。いったん尾根筋に出て右側が切れ落ちた道をたどると5合目の標識がある小ピーク。時刻は11時35分。スタートから約2時間半だが、頂上はまだ遠い。
ここからいったん鞍部へ下りてから登り返すのだが、この登りがまたきつい。ちょっとした修行の気分だ。登りきると地面をササに覆われた林の中を通る緩やかな道になる。ここから最後の急登を登ると、樹林帯を出て一面のササ原が広がる草原に出る。ピッチを上げて歩き、12時35分に山頂に着いた。登山口からは約3時間30分だった。
山頂からの眺めは、その名の通り十方遮るものがない壮大なもの。この日は残念ながら曇り空で見通しは良くなかったが、条件に恵まれれば日本海と瀬戸内海の両方を見ることができる。正面の吉和冠山を眺めながら、広場に腰を下ろして約30分のんびりと昼食を楽しんだ。
バスの時間を気にしながら下山
下山開始は13時。駄荷からの次のバスは15時37分なので、2時間半しかない。下山のコースタイムは2時間。ロード歩きを考えるとぎりぎりだ。このバスを逃しても約2時間後に最終便があるので帰れなくはない。待ち時間は駄荷集落近くの「クヴェーレ吉和」で日帰り温泉を楽しむ手もあるが、帰宅が遅くなるので避けたいところ。意を決して15時37分のバスを目指して下山を開始。トレッキングポールを駆使して足下に気を付けながら下り続け、約1時間半で登山口に着いた。ここから再び3.8キロのロード(帰りは少し登り基調)を歩き、15時20分、余裕をもって駄荷バス停にたどりついた。
総歩行距離は約18キロ。手元のガイドブックには「バスによる日帰り登山は難しい」と書かれてあるだけに、かなりハードな山行だった。通常は登山口まで車で行くのが正解です。
2022.4.23(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」