バスと電車と足で行くひろしま山日記 番外編 比婆山連峰(庄原市)

 

 

▼今回のルート(※車を利用)
【行き】広島高速4号線中広出入口→同沼田出入口→県道71号→山陽自動車道五日市IC→広島JCT・広島自動車道→広島北JCT・中国自動車道→庄原IC→国道183号・314号→県道256号→県民の森公園センター
【帰り】県民の森公園センター→県道256号(往路の国道314号方面ではなく熊野神社方面へ直進)→県道254号(比婆山公園線)・県道255号→国道432号・県道39号(高野町経由)→松江自動車道高野IC→同口和IC→県道39号→君田温泉森の泉→県道39号→松江自動車道口和IC→中国自動車道三次東JCT→広島北JCT→広島自動車道→広島JCT→山陽自動車道→同五日市IC→県道71号→広島高速4号線沼田出入口→同中広出入口

*紅葉は10月30日時点の情報です


今回は車を借りて紅葉の比婆山へ


本コラムのコンセプトは「バスと電車と足で行く」「日帰り」だが、どうやっても公共交通機関利用では日帰りできない山々がある。県内を代表する名山・比婆山連峰(庄原市)もそのひとつだ。
それでも一応、調べてみた。
登山口のある県民の森公園センターの最寄り駅は6.5キロ離れたJR木次線の油木駅だが、最も早い列車で9時34分着。そこからは1時間半かけて歩くしかない。舗装路往復3時間は厳しい。しかも三次駅からJR芸備線の備後落合行き始発(6時55分)に乗って乗り継がなければならないので前泊必須となり、この時点で日帰り登山はアウト。廃線の危機が叫ばれている芸備線、木次線に乗って応援してあげたいのはやまやまだが、あまりに不便すぎる。
紅葉のすばらしい時期であることはわかっていたものの、ほぼあきらめていた。だが、週末のニュースで比婆山のすばらしい紅葉の映像を見てしまったら、もういけない。タイトルと矛盾するので番外編ということにして、今回は借りた車で秋の比婆山へGO!

 


暗がりの中を出発


午前5時20分、まだ東の空も暗い中、近所のコイン駐車場に前夜から停めておいた車に乗り込む。ほとんどのコイン駐車場が20時から翌朝8時までは200~400円の固定料金制なので助かる。高速道路と一般道を走ること約2時間、県民の森公園センターの駐車場に着いた。ハイシーズンだけに早くも10台ほどの先客がいた。
今回目指すは比婆山連峰の全山縦走だ。キャンプ場やスキー場のある六の原を取り囲む牛曳山(1144メートル)、伊良谷山(1148メートル)、毛無山(1143メートル)、烏帽子山(1225メートル)、比婆山(1264メートル)、池ノ段(1279メートル)、立烏帽子山(1299メートル)の7峰を一周して下山する。
本当は最後に立烏帽子駐車場から竜王山(1255メートル)を往復して下山するのだが、ほとんど平坦な道の往復で面白くないのと残り時間を考えてパス。(当然、後の「野望」あり)それでも全長15キロを超すロングコースだ。

 


幕開けは鮮やかな色彩のシラカバ林


 

スタート・ゴールの県民の森公園センター スタート・ゴールの県民の森公園センター

 

霜が降りていた 霜が降りていた 県道沿いの樹木も紅葉していた 県道沿いの樹木も紅葉していた

最初に登る牛曳山の登山口は、駐車場から10分ほど車道を引き返したところにある。よく冷えていて、道路沿いの草地には霜が降りていた。

 

牛曳山登山口。公園センターから徒歩10分 牛曳山登山口。公園センターから徒歩10分

登り始めて間もなく、シラカバ林に入る。自然林ではなく植栽されたものらしいが、青空を背景に白い樹皮とオレンジ色になった葉、根元を覆うクマザサの緑のコントラストが素晴らしく、秋の山行の幕開けにふさわしい。

登り始めてすぐに現れる白樺の林 登り始めてすぐに現れるシラカバの林

しばらくすると道は谷筋に入っていく。細い渓流を何度か渡りながら登り詰めると優美な牛曳滝が現れた。流れ落ちる水を左手に見ながら急斜面を登りきると、緩やかな斜度の道に変わる。比婆山連峰の特徴は、つづら折りの歩きやすい道が多く、体力と筋力を削られる「直登」「急な下り坂」があまりないことだ。
道沿いにマムシグサがオレンジの実をつけていた。きれいだが毒があるらしい。道の両側の緑のじゅうたんのような植物はミヤマヨメナ。6月には白い花をつけ、それはそれは幻想的な雰囲気になるらしい。

 

牛曳の滝 牛曳の滝

 

マムシグサの実。毒あり マムシグサの実。毒あり

約1時間で牛曳山山頂。頂上は狭く、眺望もいまひとつなので早速縦走に移る。次の伊良谷山へは15分ほど。快適な尾根道が続く。三つ目のピークの毛無山までは、道に並行するように崩れかけた石塁が続く。
一帯で放牧がおこなわれていた時代に家畜の越境を防ぐために設けられた牧柵の跡だという。道後山(1268メートル)の旧両国牧場の牧柵跡と比べると規模が小さい。
毛無山の山頂は広々とした草原で、その名の通り高い樹木はない。

きれいに整備された登山道 きれいに整備された登山道

 

伊良谷山-毛無山の縦走路沿いに残る牧柵の跡 伊良谷山-毛無山の縦走路沿いに残る牧柵の跡

 


烏帽子山山頂、なぞの条溝石


毛無山を過ぎ、「ききょうが丘」と名付けられた1071メートルのピークを経由して969メートルの出雲峠に下る。ここから烏帽子山への登り返しは標高差が250メートルほどあり、地味にきつい。杉の人工林と広葉樹の森を登ること40分で烏帽子山のピークに着いた。
ここには条溝石(じょうこうせき)とよばれる不思議な巨石がある。表面に深い溝が刻まれていて、最も深くて広い溝は、まっすぐこれから向かう比婆山御陵を指している。自然現象の節理には見えない。古代祭祀の遺構なのだろうか。

烏帽子山頂上にある謎の条溝石 烏帽子山頂上にあるなぞの条溝石

 


神秘的な比婆山御陵


比婆山の山頂周辺は国の天然記念物に指定されたブナの純林が広がる。付近は起伏の少ない丘のようになっており、その中央に巨木に囲まれた巨石が横たわっている。伊邪那美(イザナミ)神の陵墓と伝わる比婆山御陵だ。南側には「門栂」(もんとが)と呼ばれる対になったイチイの老木が立ち、神域に向かうゲートのようだ。
古事記上つ巻には「其所神避之伊邪那美神者、葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也」(あの世に行かれた伊邪那美神は、出雲国と伯伎(伯耆)国の境の比婆の山に葬られた)という記述がある。
伊弉諾(イザナギ)神とともに国生み神話の主役である伊邪那美神の埋葬伝説地は複数あり、島根県安来市の比婆山久米神社も有力だ。現在の島根県と鳥取県の境、という古事記の記述からは安来市説もうなずけないわけではないが、古くから信仰の対象になってきた比婆山御陵は、その神秘的なたたずまいや関連する伝承の多さなどから、ここが本命の伝説地ではないかと思える。

比婆山御陵への道沿いにある巨石 比婆山御陵への道沿いにある巨石

 

伊邪那美命の陵墓とされる比婆山御陵の巨石 伊邪那美命の陵墓とされる比婆山御陵の巨石

 

門栂と呼ばれるイチイの巨木 門栂と呼ばれるイチイの巨木

 

天然記念物のブナの純林 天然記念物のブナの純林

 


紅葉の桟敷席池ノ段へ


比婆山御陵からいったん越原越に下り、池ノ段に向けて登り返す。足に疲労もたまってきて、結構きつい。樹林を出て視界が開けると、周囲の低木が鮮やかな赤、黄、オレンジに染まっている。池ノ段山頂は登山者でいっぱいだ。正面には全山が紅葉に染まる連峰最高峰の立烏帽子山。ルート中最高の紅葉見物ポイントだ。

紅葉に染まる池ノ段と立烏帽子山 紅葉に染まる池ノ段と立烏帽子山。 登山者でにぎわっていた

左に目を転じれば、比婆山をはじめ、これまで歩いてきた峰々が一望できる。腰を下ろしてぜいたくな風景の中で昼食。コンビニおにぎりも最高のごちそうになる。山頂の風は強く冷たい。体温を奪われないようパーカーをはおる。季節が確実に進んでいることを実感する。

池ノ段から比婆山御陵を望む 池ノ段から比婆山御陵を望む

最後の立烏帽子山を経由して立烏帽子駐車場に。標高1173メートルまで車で上がってこられるので、短時間で比婆山御陵に向かうならここをスタートにする選択もある。立烏帽子山や池ノ段を経由せず、山麓をショートカットするルートも整備されている。

駐車場から右手に向かうと竜王山。標高差は100メートルもなく、距離も片道1キロほど。全山縦走はこの山をクリアしてコンプリートとなるのだが、以前行ったときにとても退屈なコースだったこともあり、今回はパスした。

あとは駐車場までひたすら下る。展望園地から牛曳山、伊良谷山、毛無山を眺めて無事下山した。

 


県内では珍しい重曹温泉へ


 

県内では珍しい重曹泉の君田温泉 県内では珍しい重曹泉の君田温泉

公園センターで日帰り入浴をしてもよいのだが、今回は車がある。ならば車でしか行けない温泉に行ってみよう。
目指すは「君田温泉 森の泉」(三次市)。比婆山の山麓の細い道をたどって約1時間。駐車場は満杯でしばらく待つ。大人気の温泉だ。HPによると、泉質は含二酸化炭素ナトリウムカルシウム炭酸水素塩塩化物泉。ひらたくいうと重曹泉。ラジウム泉や単純泉が多い県内では希少な温泉だ。肌に優しく、疲れがとれる。露天も充実しており、1人用の湯船に入っていると気持ちよくて時間を忘れる。
広島まで運転して帰らなければならないのはつらいが、その負担を補って余りある充実した山行となった。

 

《メモ》

中国山地はかつて国内最大の鉄の生産地帯だった。原料は花崗岩に含まれる砂鉄で、岩石を砕いて近くに設けた水路に流し、比重の重い砂鉄を沈殿させて採取する「鉄穴(かんな)流し」が広く行われた。得られた砂鉄は、木炭を燃料兼還元剤にした「たたら製鉄法」で純度の高い鉄に加工された。

比婆山連峰の周辺では古くからたたら製鉄が盛んにおこなわれており、県民の森のある六の原には砂鉄採取から製鉄まで手がける「六の原製鉄場」(広島県史跡)があった。県民の森の造成時に見つかった遺跡の大部分は保護のため埋め戻され、製鉄に携わった人たちの信仰を集めた金屋子神社周辺の芝生広場の地下に眠っている。砂鉄を採取する最終工程の「洗池」は往時の姿で公開されている。

 

六の原製鉄場跡の説明板 六の原製鉄場跡の説明板

 

砂鉄を採取する洗池の遺構 砂鉄を採取する洗池の遺構

 

金屋子神社 金屋子神社

2021.10.30(土)取材 ≪掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください≫

ライター えむ
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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