バスと電車と足で行くひろしま山日記 第8回 龍頭山(北広島町)
江戸時代の絵師憧れの滝へ
江戸時代。広島藩の絵師岡岷山(おかみんざん)は、北広島町都志見にある龍頭山(りゅうずやま)の懐に抱かれた名瀑駒ヶ滝に長年恋焦がれていたようだ。
「山県郡都志見の滝は、人々の噂にも上る名高い飛泉(滝)で、その真の姿を写したいという思いは多年やむことはなかった。遂に寛政丁巳(1797年)の秋、藩に申し出たところ、ありがたいことに命が下り、都志見遊覧の休暇をいただくことができた」(都志見往来日記 *筆者現代語訳)と、旅を許されたことへの弾むような喜びを書き残している。
岷山は現在の五日市から水内(湯の山温泉)、湯来、筒賀、加計を経由する西に大回りするルートを通り、各地の風景を描きながら5日かけて都志見にたどりついた。時間のない現代の登山者は、路線バスで向かうことにしよう。
▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
広電バス豊平・琴谷線(おとな片道970円)
行き)横川駅前(6:50)→龍頭山登山口(8:12)
帰り)龍頭山登山口(12:34)→横川駅前(13:57)
ニワトリの一団に遭遇
横川駅前で乗車したバスは北上して可部に向かい、市街地を過ぎて西に転じた後、飯室から再び北上するという、地図で見るとクランクのような路線だ。普通の路線バスだけに停留所も多いが、約1時間20分でその名も「龍頭山登山口」に到着した。
龍頭山登山口バス停から見上げた龍頭山停留所名は「登山口」だが、実際の登山口までは15分ほど歩く。農地の間の道路を歩いていると、突然前方から「コッコッコッ」という声とともにニワトリの一団が近付いてきた。近くの農家のニワトリのようだが、放し飼いなのか、「脱走」してきたのか、エサを探しながら歩く様子は堂に入ったもの。車が来ると慣れた様子で路肩に避けたし、かなり近付いてスマホを向けても動じることはなかった。
ニワトリたちと別れ、ほどなく登山口に到着した。まずは駒ヶ滝を目指す。登山口の案内地図に紹介されていた遊歩道「滝見コース」の始まりだ。
観音様に導かれ
「駒ヶ滝は、古くからの霊山勝地の道場として多くの修験者などの往来がありました。その道標として、龍頭観音が一丁(約109m)毎に案内しています」との案内板。道は補修が行き届いていないところはあるものの、コンクリートなどで舗装されていて歩きやすい。案内地図で使われていた「遊歩道」という表現の方がしっくりくる。
観音像が現れるごとに滝までの残りの距離が減っていく。20分ほどで駒ヶ滝に到着した。
名馬伝説の名瀑
見事な滝だ。落差は約36メートル。水量はそれほど多くはないが、黒い岩肌の最上部で二筋に分かれた後、広がって流れ落ちる水の様子は風情がある。
美しい落水を見せる駒ヶ滝都志見往来日記には「水は多くはないが幅広く幾筋も落ちている。滝の奥に石像あり」などとある。落水を避けながら石像を見に行く様子も書かれているが、あれだけ楽しみにしていたにしては感情の高ぶりのない、冷静な記述だ。
浅野文庫「都志見往来諸勝図」より「駒ヶ滝」=広島市立中央図書館蔵落水を避けるように滝の裏に回ってみると、岸壁が浅い洞窟になっており、座像の石像が鎮座していた。滝裏から落水を見ると、散乱する水滴が朝日に反射して美しい。
滝裏の小さな洞窟には石像が安置されていた
駒ヶ滝の名は、平家物語に登場する宇治川の戦いで先陣争いを繰り広げた梶原景季(かげすえ)と佐々木高綱(たかつな)が乗った名馬「磨墨(するすみ)」と「池月(いけづき、生食とも)」に由来するという。両馬が近郷の産で、ともにこの滝の周辺で放牧されて育った故事にちなんだのだという。
磨墨と池月については全国各地に産地伝承がある。真偽のほどはわからないが、この辺りの山野を駆け巡っていたとすれば、さぞかしたくましい馬に育ったのではないかと思う。
眺望の稜線から山頂へ
駒ヶ滝を後に山頂を目指す。「権現坂」と標識に書かれた急登を過ぎると、滝の上駐車場に合流した。ここまで車で来て、山頂まで歩くのは「りょう線コース」(案内地図)。つづら折りの坂を上り切れば、快適な稜線歩きが楽しめる、と紹介されている。この山は山頂近くまで林道が通じており、頂上駐車場から10分ちょっとのわずかな歩行で山頂に立つことができる「楽々コース」(同)もある。
整備された登山道(遊歩道)を登っていくと、最初の小ピーク・前龍頭(836メートル)直下の展望地に出た。麓が近く見え、スタートしたバス停や「道の駅 豊平どんぐり村」が指呼の間だ。
稜線に上がってしまえばもうしんどくはない。アップダウンはあるものの、快適な尾根歩きになる。第2のピーク・中龍頭(878メートル)を経て、あずまやのある龍頭山の山頂(928メートル)へ。
龍頭山頂への登りの木段。右は頂上駐車場への道評判通り、見事な360度の展望だ。雲が多くて厳島や大山(鳥取県)は見えなかったが、吉和冠山や恐羅漢山などの西中国山地の名峰たちや、陰陽分水嶺の山々も確認できる。
景色をたっぷり楽しんでもまだ10時30分。下山して道の駅でお昼にしよう。
龍頭山頂の標識頂上から見える山名を刻んだ方位盤
龍頭山頂からのパノラマ写真
あたたかい人情に触れる
西側に下山する「掛札コース」はほぼ一気の下り。「龍頭平原登山口」までは20分ほど。別荘地の舗装道路を20分ほど歩いて県道に合流。掛札のバス停を見送って(5分前に出た後。次の便は1時間半後)、「道の駅 豊平どんぐり村」に向けて歩く。
落ち葉が敷き詰められていた掛札への下山路天気も良くなり、舗装道路の歩道とはいえ快適なウォーキングコースだ。途中、某スマホゲームのポイントを見つけ、立ち止まって遊んでいたら地元の人に声をかけられた。
「龍頭山に登られるのですか?これから帰るのでよろしかったら登山口まで(車に)お乗せしましょうか」。
登山装備のままスマホを見つめて立ち止まっていたので道に迷っていると思われたらしい。今時こんな親切に触れられることはなかなかない。道の駅も近いので、事情を話して丁重にお礼を言って別れた。アニメ「エヴァンゲリオン」の台詞でいうなら「心がポカポカする」かな。
昼食は名物手打ちそば
豊平地区は蕎麦(そば)による町おこしを掲げている。かつてそば打ち名人として知られた高橋邦弘さんが町内に店を開き、週末のみ営業の「達磨 雪花山房」(閉店)には全国から蕎麦好きたちが殺到した。高橋さんは大分県に居を移したが、その系譜を受け継いだ職人たちが町内でおいしいそばを提供している。
どんぐり庵でいただいた、手打ちのざるそば大盛
高台にある道の駅「豊平どんぐり村」内の「どんぐり庵」に着席。せっかくの手打ちそばなので、シンプルにそばの味を楽しめる「ざる大盛り」(1200円)を注文。小鉢の湯豆腐も追加し、店内に張られた高橋名人の新聞記事などを見ながら待つ。出来上がると店内放送で呼ばれてカウンターまで取りに行くスタイルだ。
地元産のそば粉を使ったつややかなそば。かえしはそばの風味をじゃましない、あっさりした風味だ。ゆっくり楽しみながら完食。そば湯もいただいて満足して帰途についた。総歩行距離は8.5キロだった。
2021.11.14(日)取材 ≪掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください≫
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」