「広島の歩き方」vol.50後編 ふりかけ「旅行の友」の誕生秘話・広島の復興を食から支えた田中食品の歴史に迫ります

小嶋沙耶香アナウンサーが『地球の歩き方 広島』を片手に、まちを散策する「広島の歩き方」。

ふりかけ「旅行の友」でおなじみの「田中食品」で、パッケージや商品誕生秘話などについて伺いました。

 

 

 

【田中食品】

目的地の田中食品に到着。

 

田中食品 本社

 

ずらりと並んだ商品に驚く小嶋アナ。

専務取締役の田中岳子さんいわく、田中食品は、「旅行の友」をはじめ、170種類以上の商品を販売しているそうです。

 

部屋にあるのはほんの一部だと話す田中専務

 

小嶋アナが気になったのは、カラフルなパッケージデザイン。

「印象に残る明るいデザインが特徴的です。『のりたまご』のデザインも印象的で……」と話す小嶋アナに、田中専務は前のめりに喜びます。

 

パッケージデザインを褒められ喜ぶ田中専務

 

「旅行の友」のパッケージデザインは、まだ日本にイラスト、デザインという概念が根付いていなかった頃に、海外で活躍をしていた大智浩さんが手掛けたもの。

当時、家一軒分ほどのデザイン報酬で描いていただいたんだとか。

 

驚きのデザイン報酬に目を丸くする小嶋アナ

 

旅行をイメージしたパッケージデザイン

 

【「旅行の友」誕生秘話】

田中食品は1901年に創業。

呉市で漬物や佃煮などの製造・販売を始め、その後、1904年にふりかけの開発・製造に着手。

日清・日露戦争の頃、ビタミンB1不足から「脚気(かっけ)」になり多くの兵士が亡くなっていました。

海軍から、栄養価が高く、持ち運びが容易で日持ちのする食材の開発要請を受けたことが、「旅行の友」誕生のきっかけとなりました。

 

瀬戸内海の小魚を使った「旅行の友」が誕生

 

当時のパッケージには「陸海軍御用品」の文字が。戦艦大和の艦内でも旅行の友が食べられていたそうです

 

「旅行の友」という名前の由来について、創業者である田中保太郎さんの妻・トモさんの名前からだと田中専務は話します。

発売当初のパッケージのふたには、保太郎さんの「保」の字も入っており、「旅行の友」は創業者夫婦の思いがつまっています。

 

一緒に苦労をしてくれた妻の名前を入れ「旅行の友」という名前になったそう

 

当時のパッケージに入っている「保」の字

 

トモさんは、原爆投下により亡くなりました。保太郎さんも同年他界。

保太郎さんの息子である耕輔さんが後を継ぎ、ふりかけの製造・販売を再開したそうです。

 

田中専務から戦時中の田中食品について話を聞く小嶋アナ

 

【復刻版と通常版を食べ比べ】

復刻版の「旅行の友」と、通常の「旅行の友」を食べ比べさせていただきました。

まずは、復刻版をいただきます。

 

小魚粉末などが入った復刻版の「旅行の友」

 

「おいしい。魚粉の香りが口一杯に広がります」と小嶋アナ。

続いて、通常の「旅行の友」をいただきます。

 

小魚粉末の他に、卵やのりが入っています

 

「どちらもおいしいんですけど、卵の風味が加わるからか香りが違います」

復刻版は魚粉のシンプルなうまみをダイレクトに感じることができると小嶋アナは言います。

 

小嶋アナの感想に「素晴らしい」と笑顔の田中専務

 

「原爆投下後、東京から広島に転校してきた学生が『白いごはんに茶色のものをみんな振っているけど、それは何かな』と思ったら、『旅行の友』だったという話もあるんですよ」と田中専務。

田中食品は、広島の復興を、人々の食の面から支えてきました。

そして、ふりかけを通じて、世界中の人々に健康と幸せを届けたいという挑戦は、これからも続きます。

 

広島ホームテレビ『ピタニュー』(2026年8月5日、6日放送)

ライター:神原知里

※この記事の情報は番組放送時点のものです。情報は変更になる場合があります。

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