バスと電車と足で行くひろしま山日記 遠征編 氷ノ山(兵庫県養父市・鳥取県若桜町)

避難小屋が立つ氷ノ山の山頂

 

2023年のゴールデンウィークは最長9連休。各地の観光地の人出はすっかり回復していたようだ。遠方に出かけて登山を楽しんだ方も多いことだろう。当コラムが選んだのは兵庫県最高峰にして中国山地では伯耆大山に次ぐ第二の高峰・氷ノ山(ひょうのせん 1509.8メートル)。日本二百名山にも取り上げられている人気の山だ。冬季は深い雪に包まれ遭難事故も起きる厳しい山だけど、新緑に彩られる5月は紅葉の時期と並ぶ登山のベストシーズン、のはずだったのだが…。

 

▼今回のルート(※車を利用)

【行き】中国自動車道・山崎IC→国道29号・鳥取県若桜町→県道482号・氷ノ山自然ふれあい館響の森駐車場、氷ノ越コース登山口

【帰り】氷ノ山自然ふれあい館響の森駐車場・県道482号→国道29号・鳥取県若桜町→中国自動車道山崎IC

*往路の山崎ICまで、復路の山崎IC以降のルートは省略

 

 


鳥取県側の登山道を選択


氷ノ山は兵庫県と鳥取県の県境にあるため、両県どちらからも登山道が通じている。計画段階で迷ったが、稜線までの距離が短い鳥取県若桜町から登るルートを選んだ。

山崎ICから車で約1時間30分、わかさ氷ノ山スキー場の脇を通って氷ノ山のビジターセンターになっている鳥取県立氷ノ山自然ふれあい館「響の森」(https://hibikinomori.gr.jp/)の駐車場(無料)に午前9時30分に到着した。天気は快晴だ。

装備を整えた後、まずはキャンプ場内の道を上る。35区画のオートキャンプサイトのほかにフリーサイト、10棟のキャビンなどを備えた大規模な施設。今年2月に「わかさ氷ノ山キャンパーズヴィレッジ」(https://tottori-camppark.jp/hyounosen.html)としてリブランドしたばかりだという。キャンパーでにぎわう敷地内の道路を歩くこと10分、氷ノ越コース登山口に着いた。標高は約925メートル。峠となる稜線の氷ノ越は約1250メートルだから標高差は約325メートル。結構な急登だ。

 

キャンプ場の道路を登山口に向かう

 

氷ノ越コース登山口

 

氷ノ山の山岳信仰を紹介する説明板

 


「元伊勢」参詣道の記憶


30分ほど上ると、少し傾斜が緩くなり、斜面を左斜めに上る道に変わる。右手に「旧伊勢道」と記された案内板があった。

この道は鳥取から若桜を経て但馬へ抜ける往来で、江戸時代から明治時代にかけて「お伊勢参り」に利用されていたことから「旧伊勢道」と呼ばれているのだという。「お伊勢参り」といっても、参拝先は現在の三重県伊勢市にある伊勢神宮(皇大神宮=内宮、豊受大神宮=外宮)ではなく、京都府福知山市大江町にある「元伊勢」とよばれる神社のことだ。正式には皇大神社(元伊勢内宮)、豊受神社(元伊勢外宮)と呼ばれている。

日本書紀などによると、天照大神の神霊が依りつく八咫鏡は代々天皇の宮殿内で祀られていた。しかし、神の力が強く、共に住むことが難しくなり、新たな鎮座地を求めて各地を巡行。最終的に垂仁天皇25年(紀元前5年、西暦は諸説あり)に五十鈴川ほとりの現在地にたどり着いたとされている。各種の古文献によると、大和から伊賀(三重)、近江(滋賀)、美濃(岐阜)を経て伊勢に入ったことになっているが、その間に丹波を経由したという別の伝承もあり、かつて伊勢神宮が置かれたとして大江町の神社が「元伊勢」と呼ばれるようになったのだという。

 

沢を渡る

 

古の参詣道を雰囲気を残す登山道

 

旧伊勢道の説明板

 


石仏の峠から稜線を行く


途中のどこかに旧道の面影を残す石畳があったらしいのだが、気付かずに通り過ぎてしまった。つづら折りの道を上りきると峠の氷ノ越に着く。参詣道の名残であろう、江戸時代に安置されたという石仏が登山者を見守っている。柴犬を連れた登山者も上ってきた。ちなみにこの峠は兵庫県側では「氷ノ山越」と呼ばれている。東西で呼び名が異なるのも面白い。ここには避難小屋があり、万一の時には逃げ込める。

 

氷ノ越に立つ江戸期の石仏

 

氷ノ越からは目指す氷ノ山の雄大な姿が見える。頂上にも避難小屋があるのでわかりやすい。ここから250メートルほど高度を上げていく。歩き始めてほどなくブナの原生林に入る。根元付近は背丈近くもあるチシマザサに覆われている。ブナはまだ葉が出始めたばかりで日差しの入る明るい林だ。傾斜も緩やかなので気持ちよく歩ける。

 

兵庫県側の地名がついた氷ノ山越避難小屋。柴犬を連れた登山者も

 

氷ノ越から見た氷ノ山山頂

 

登山道脇に広がるブナの原生林

 

ブナ林の根元はチシマザサに覆われていた

 

山頂まであと1キロ

 

標高1350メートル付近で振り返ると、鉢伏山(1222メートル)に続く稜線と南斜面のハチ高原スキー場が一望できる。さらに進むと仙谷コースとの合流点。西斜面の急登を直登する最短ルートだが、浸食で危険な状態になっているとのことで現在は通行止めだ。

 

標高1350メートル付近から見た鉢伏山(正面)とハチ高原スキー場

 

仙谷コースとの合流点

 

通行止めになっている仙谷コース

 

前方に立ちはだかるこしき岩。左側を抜けていく

 

登山道沿いで見かけたショウジョウバカマ

 

正面をふさぐように立ちはだかる巨大なコシキ岩を左にかわすと、登山道沿いに残雪が現れる。荒れ気味の石畳の道からつづら折りを経て、山頂の避難小屋に向かう最後の木段を上りきった。

 

登山道には残雪が残るところも

 

荒れ気味の石畳の道を上る

 

氷ノ山頂上への道

 


山頂の「異変」


登頂は11時50分。山頂はササ原を切り開いた平坦な広場になっている。少し風が強くなってきたのでチシマザサの陰に身を隠すようにして昼食の準備を始めた。うかつなことに、途中のコンビニで買ったおにぎりを車に忘れてしまったため、カップ麺が貴重な食糧だ。ザックから取り出してみて驚いた。「異変」が起きていたのだ。パッケージが空気を注入したようにパンパンに膨れている。その時は1500メートル級の山頂なので平地に比べて気圧が低くなっているせいだろうか、と思っていた。

 

頂上避難小屋

 

気圧変化でパンパンに膨らんだカップ麺

 

昼食準備中。博多の有名ラーメン店とのコラボ商品

 

山頂のパノラマ写真。空はすっかり雲に覆われている

 

だが、登り始めは好天だったのに、頭上には急に雲が広がってきた。昼食を終えた12時30分頃にはすっかり曇天になっていた。雲はどんどん厚くなっていく。

実は愛用している登山用のお天気サイト「てんきとくらす」(https://tenkura.n-kishou.co.jp/tk/)では、15時以降の登山指数が「C」(風または雨が強く、登山に適していません)になっていたのだ。カップ麺が膨らんでいたのも、予報より早く天候が悪化し、気圧が急に下がったことも影響したのではないか。急いで荷造りをして出発した。

 


「晴れ」のち「雨」「霰(あられ)」


山頂を後に三ノ丸(1464メートル)に向かう。天気はぐんぐん悪くなってくる。15分ほど下って後ろを振り返ると、氷ノ山の山頂は既にガスに包まれ始めていた。歩みを早める。尾根上には天然杉の林があり、少しぬかるむ足元には残雪が残っている。

 

これから向かう三ノ丸方面を見る

 

ガスに包まれる氷ノ山

 

天然杉の林と残雪

 

そうこうするうちに雨が降ってきた。杉林の中で雨具を着込む。フードをたたく雨音がえらく大きいな、と思って地面を見ると氷の粒が転がっていた。霰(あられ)だ。もちろん1500メートル級の山なので侮れないのだが、正直想定外だった。

 

霰(あられ)が降ってきた

 

三ノ丸到着は13時15分。周囲はガスに包まれて真っ白だ。晴れていればここまで歩いてきたルートを一望できるのだが、仕方ない。ここにも避難小屋があった。外にマウンテンバイクが置いてあったので、雨宿りをしていたのだろうか。

 

ガスに包まれた三ノ丸山頂

 

迷わないよう下山路を確認する

 

ここから先は下るだけだ。1キロほどは緩やかな下り。ガスの中で立ち木が影のように見える幻想的な風景も見た。20分ほど急坂と木段を下るとスキー場のリフト終点に出た。「チャレンジコース」の終点というだけあって、スロープの上から見ても相当な急斜面だ。膝にくるのを耐えながら急な木段を下る。雨は上がったものの、ゲレンデの下りも意外にきつく、最後にロードを上って駐車場にたどり着いた。

 

幻想的な樹林の風景

 

リフトの終点に出た

 

ゲレンデの急な木段を降りて下山する

 

総歩行距離10.3キロ、全行程5時間26分。後半は悪天候にたたられたが、充実の山行だった。

 

2023.5.1(月)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

 

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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