バスと電車と足で行くひろしま山日記 第55回 岩国アルプス(山口県岩国市)

「ご当地アルプス」は、調べてみるとあちこちにあるものだ。本連載でも2022年に広島南アルプス()や廿日市中央アルプス、安芸アルプス()、2023年は因島アルプスなどを取り上げてきた。ネットを調べていて、「岩国アルプス」があるのを知った。標高はさほどでもないが、歩きごたえのありそうなロングコースで、ゴールは桜が満開の岩国城というなかなか魅力的な内容だ。今回のルートは全域が山口県岩国市だが、広島市の都心部から約60キロの圏内にある山口、島根両県の一部を含む28市町でつくっている広島広域都市圏に含まれていることを理由に(苦しい?)本編として紹介することにしたい。

 

▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ

行き)
JR山陽線(おとな片道860円)
横川(6:30)→(7:15)岩国(7:16)→藤生(7:24)

帰り)
錦川鉄道清流線・JR山陽線(おとな片道770円)
川西(15:24)→(15:33)岩国(15:39)→横川(16:16)

 

 


初めて下りた駅から


スタートはJR山陽線の藤生駅。広島エリアでは最近見なくなった黄色の115系電車(国鉄時代に製造)に岩国駅で乗り換えて2駅、初めて下車したのどかな無人駅だ。ホームから西側に見える山の連なりが目指す岩国アルプスだ。

レトロな115系電車で藤生駅に到着

 

藤生の町から見た岩国アルプス南部の山並み

 

まずは米山(447.2メートル)の登山口を目指すのだが、案内板というものがまったくない。登山アプリYAMAPの利用者がアップした活動日記の地図を参考に里道をたどる。結構な坂道が続く。いくつかある分岐を選択しながら歩くこと30分、登山口に着いた。標高は110メートルほど。登山口といっても、道路脇の電柱に「米山登山口」と書かれた黄色の小さなプレートがくくりつけられているだけなので、うっかりすると見逃しそうだ。

米山登山道の入り口。電柱に取り付けられた小さなプレートが目印 米山登山道の入り口。電柱に取り付けられた小さなプレートが目印

 


親切な地図と整備された道


まずは縦走路のある稜線を目指す。登山口との標高差は約260メートル。まだ体が慣れていないせいもあるが、きつい上りだ。稜線には30分ほどで到達。分岐には「岩国アルプス(全図)」と題された、パウチ加工された地図が木にかけられていた。制作者は「岩国登山道整備の会」とある。ボランティアのグループだろうか。ルートだけでなく展望地は「V」(View point)、ベンチは「B」(Bench)と表示されていてとても親切だ。この地図はこの先、要所要所で目にすることになるが、「現在地」が書き入れてあるので助かる。ちなみにこの地図は「いわくに市民活動支援センター」(岩国市麻里布町2-9-8フジグラン4階)に行けば無料で入手できるそうだ。(ただし郵送不可とのこと)

縦走路の分岐に掲げられていた岩国アルプスの地図。展望地やベンチのある場所が記されていて親切

 

米山へ向かう。稜線までの上りもそうだったのだが、登山道は驚くほどよく整備されていて快適に歩ける。途中、「田虫葉展望台」からは、岩国市街地や阿多田島、厳島を望めた。海と島と街が織りなす景観を楽しめるのは、瀬戸内海沿岸の里山歩きの醍醐味だ。

田虫葉展望台から岩国市街地方面を望む

 

米山の山頂には15分で到着。ルート中の最高地点だが、まったく展望がないので早々に引き返す。

米山の山頂。眺望はなし

 


鉱山跡、反射板跡を経て


米山からは桜峠まで下り基調の道が続く。途中、数メートルの幅で道がえぐられているところには、金属製の立派な橋が掛けられていた。整備にあたっている人に感謝。縦走路沿いにはミツバツツジがあちこちにピンク色の花を咲かせていて目を楽しませてくれる。

道床がえぐられた場所にかけられていた金属製の橋

 

よく整備されて歩きやすい縦走路

 

縦走路沿いはミツバツツジが満開

 

桜峠の車道との合流地点に出てきた

 

桜峠は標高250メートル。舗装路を横切ると「大応山登山口」の看板。上り始めると「桜百段坂」(!)の表示が。ちょっとびびったが、普通の木段だった。高度を上げて振り返ると、さっき登頂した米山や安芸灘、うっすらと周防大島の山並みが見える。

大応山への上りの途中にあった「桜百段坂」。割と普通だった

 

振り返ると米山(右)。遠く周防大島も見えた

 

一ツ葉山(400.3メートル)を経由して10分ほど進むと「マンガン鉱採掘跡 昭和20年代廃坑となる」の看板があった。縦走路を少し右にそれて数分歩くと、小さな坑口跡らしき穴があった。マンガンは鋼の硬度や強度の向上に欠かせない元素。おそらく第二次大戦中に軍事目的のため採算度外視で採掘されたのだろう。

マンガン鉱採掘跡への案内板

 

半分土砂に埋もれた坑口が残っていた

 

縦走路に戻り、藤ケ谷山のピークを経由してさらに15分ほど歩くと突然周囲が切り開かれた広場のような場所に出た。先に紹介した地図「岩国アルプス(全図)」には反射板跡とある。山中にある反射板は、アンテナから発信されたマイクロ波などを反射して別のアンテナに届ける設備だが、役割を終えて撤去されたのだろう。眺めがよくベンチも置かれているので昼食休憩にはもってこいなのだが、時刻は午前10時30分。菓子パンでエネルギーを補給するだけにとどめて先を急ぐ。まだ半分も歩いていないのだ。大応山(405.3メートル)の山頂もなかなかの眺望だったが、写真だけ押えて先へ向かう。

広々とした反射板跡地の展望所

 

大応山の山頂。こちらも眺め良好

 


眺望の山頂と護館神


大応山から先はまた下り基調になるのだが、小さなアップダウンを繰り返すので地味に体力を削られる。アセビやスミレの花に癒される。針葉樹林の中の急坂を下ると中山トンネルの上の鞍部。標高は88メートルまで下がっている。ここから城山(姉ヶ山、300.2メートル)への上り返しがきつかった。すでに歩行距離は10キロを超えていて、結構疲れがたまってきている。休みながら上ること約1時間、午後0時50分に城山展望台に到着した。三角点から少し下ったところなのだが、ベンチもあり、眺望も申し分ない。バーナーでお湯をわかしてカレーメシの昼食を楽しんだ。

アセビ

 

スミレもあちこちに咲いていた

 

中山トンネル上の鞍部から城山方面への登り口。ここからがきつかった

 

城山展望台で昼ごはん

 

昼食を終え、岩国城に向けて出発、10分ほどで護館神に着いた。「ごかんじん」と読む。付近は岩国城の石垣に使われた石切り場で、18世紀に領内で飢饉や地震、火災などが相次ぎ、藩の政治も乱れたことから、藩政の中心であるお館(居館)を守り、霊地だった城山を鎮めるために社殿を建立し、「護館神」として祀ったのだという。岩塊が林立した岩場には神性のような雰囲気を感じ取ることができた。

護館神への入口

 

岩塊が連なる護館神

 


桜咲く岩国城から錦帯橋へ


護館神から先は道も広くなる。ほどなく岩国城の公園エリアに入った。ちょうどソメイヨシノが満開で、観光客がたくさん詰めかけて大変なにぎわいだ。ロープウエーの山上駅付近からは桜に彩られた錦川と錦帯橋、岩国市街地から安芸灘まで見渡すことができた。

からくり時計(右)のある山上のイベント広場

 

岩国城ロープウエー山上駅付近から錦帯橋を見下ろす

 

岩国城は関ケ原合戦で徳川家康に通じ、戦後に宗家である毛利家の存続に奔走した吉川広家の居城だった。1608年に完成したが、1615年の一国一城令で破却された。現在の天守閣は1962年に再建されたもので、麓からでも見えるようにと、もともと天守閣のあった場所(天守台)から50メートル南に移されている。天守台も破壊されていたが,1995~96年にかけて復元されている。

空堀や井戸の遺構を見て回った後、せっかくなので天守閣に入ってみた(入館料270円)。内部は資料館になっており、最上階は展望台。ここからもすばらしい眺望を満喫できた。

井戸の跡

 

巨大な空堀跡

 

再建された天守台。本来の天守閣はこの場所にあった

 

天守閣最上階の展望台からの眺望

 

ロープウエーを横目に下山にかかる。結構な急傾斜で足にきた。岩国アルプスの全ルートをたどるのなら、これから錦川の対岸に見える岩国山(277.6メートル)に上って岩国駅方面へ下山するのだが、とてもそんな体力は残っていない。久しぶりに錦帯橋を渡り(310円)、川西駅まで歩いて帰途についた。

踏破してきた岩国アルプスを振り返る

 

錦帯橋の上から岩国城を仰ぐ

 

総歩行距離は18キロ。相当なロングトレイルかつアップダウンも多いハードなコースだったが、眺望を楽しめたり、休憩したりできるポイントも多く、体力に応じてコースをアレンジすることもできる魅力的な山行だった。

帰りは錦川清流線のせせらぎ号に乗って岩国駅へ

 

2023.4.1(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

 

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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