バスと電車と足で行くひろしま山日記 第51回 観音山(尾道市・生口島)
広島県は南北で気候の差が大きい。ニッポン広しといえども、りんごとレモン・みかんが農業統計の対象になるくらい収穫できる県はほかにあるまい。2月も下旬になったが、まだまだ寒い日が続いていて県北の山々は雪に閉ざされている。こんな時は温暖な南部の島の山に登るのがいいだろう。しまなみ海道・生口島にある芸予諸島の最高峰、観音山(かんのんやま 472.1メートル)に向かった。
▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)①JR山陽線(おとな片道1340円)横川(6:50)→三原(8:19)
②マルト汽船(おとな片道840円))三原港(8:35)~瀬戸田港(9:13)
帰り)①マルト汽船(おとな片道840円)瀬戸田港(16:45)→三原港(17:17)
②JR山陽線(おとな片道1340円)三原(17:29)→横川(18:49)
電車と船で行く山登り
生口島の玄関口にあたる瀬戸田へは三原から船を利用するのが便利だ。JR三原駅から海に向かって5、6分も歩くと三原港だ。船着き場には十数人が待っていた。工事関係者や島の人たちに交じって釣り人もいたが、山登りを目的にしていそうな人はほかにいない。港の右手には、瀬戸内の眺望を楽しめると聞く筆影山(311メートル)や竜王山(444.9メートル)が湾を囲むようにそびえている。
瀬戸田に向かう旅客船天気は良く、波も穏やか。船は小佐木島を経て高根島との間の狭い水道に入り、高根大橋をくぐって40分ほどで瀬戸田港に到着した。電車と船で行く山登りは瀬戸内らしくていい。
瀬戸田港から登山口近くの瀬戸田サンセットビーチまでは約3キロ。路線バスを利用するつもりだったが、30分ほど待たなければならない。歩いても所要時間は変わらないし、天気も良く暖かいので歩くことにした。穏やかな海と島を見ながら遊歩道を歩くのはとても気持ちがいい。たくさんのサイクリストたちともすれ違う。しばらく進むと砂浜に小さなお堂が立てられていて、お地蔵さんが納まっていた。このお地蔵さんは海に向かって鎮座しておられる。沖を行く船の航海の安全を見守っているのだろうか。
海に向かって鎮座するお地蔵さん
あの大人気人形劇のモデル?
サンセットビーチ入口バス停から左に折れて観音山に向かう。ここから登山口までの3.3キロは車道歩きだ。上り始めて間もなく、標高30メートルほどのところに「是ヨリ日瀧山道」「十八丁」と刻まれた古い道標があった。観音山は芸予諸島の最高峰で、かつて水軍の見張り台が置かれて狼煙(のろし)を上げていたことから「火瀧山」とも呼ばれていていたという。「火」が「日」に転じたのだろうか。
「日(火)瀧山道」の道標30分ほど歩き続けると、見晴らしのよい展望台に出た。標高は140メートル。眼下に瓢箪(ひょうたん)を横にしたような島が目に入る。その名も瓢箪島だ。一定年齢以上の方にはご記憶があるかと思うが、1964年から69年にかけてNHKで放送された連続人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルの島の一つともいわれている。ドン・ガバチョや海賊のトラヒゲら個性豊かな大人たちと天才小学生・博士らユニークな子どもたちがひょうたん型の小さな島で世界中を漂流し、行く先々で騒動を起こすという奇想天外な物語。まだ無名の作家だった井上ひさしさんが児童文学作家の山元護久さんと組んで脚本を担当した。大人にもファン層を広げ、最高視聴率(世帯)は37.5%に達した伝説の番組だった。自分の年齢を考えると見ていたのは後半の頃だったと思うが、毎日夕方の放送時間に間に合うよう必死になってテレビの前に陣取っていた記憶がある。
登山口に向かう車道。結構しんどかった梅の花になごむ
ちなみに地元の伝説では、生口島の神と大三島の神が互いに島を取ろうとして綱引きをしたところ島の形がくびれてしまい、双方の島民たちが心配したことから和解したという。くびれの部分には広島と愛媛の県境が通っている。
生口島と大三島の間に浮かぶ瓢箪島
快適な登山道と絶景の山頂
歩き続けること約50分で標高226メートルの登山口に到着。ここでやっと舗装路に別れを告げて山道に入る。道はよく整備されていて歩きやすい。山の傾斜は結構急なのだが、直登にならないように道が付けられているのであまり体力を消耗することなく高度を稼ぐことができる。約40分で難なく山頂に着いた。
観音山への登山口整備された登山道。標識も充実
頂上手前には鐘撞堂、直下には観音堂と思われる(何も表示がない)二つの建物と休憩用の東屋がある。観音堂に一部を遮られているが、南側の展望はすばらしい。右手に大三島、正面に伯方島、その向こうに大島と、しまなみ海道の愛媛県側が一望できる。雲の上には石鎚山(1982メートル)や瓶ヶ森(1896.5メートル)などの四国連山が顔をのぞかせている。東側に目を転じれば岩城島や赤穂根島。いつまで見ていても飽きない絶景だ。観音堂の仏さまを拝んでいこうと思ったが、戸が開かないのでかなわず。あずまやで湯を沸かしてカレーヌードルとおにぎりの昼食をいただきゆっくり休憩した。
「三丁」の標石山頂手前の鐘撞堂
観音山の頂上。周囲を樹林に囲まれてあまり展望はない
山頂南側に立つ火瀧観音堂
南側の眺め。手前が伯方島、その向こうが大島、四阪島。雲の上に四国連山が顔を出している
東側の景観。左の島が岩城島
あずまや横からのパノラマ写真
南斜面への下山は…
さて、下山だ。一般的には山頂から尾根伝いに東の伊豆里峠に出るか、さらに進んで中野ダムまで行って瀬戸田の町へ向かうのが常道だ。観音山は多々羅大橋を渡って大三島側から橋と絡めて撮影するのが良いと聞いていたので、南斜面を下ることにした。地図に点線で登山道が表示されているので大丈夫だろうと思ったのが大きな間違い。真南に下る最短ルートは途中から道を見つけることができなかった。登山アプリ「ヤマレコ」に表示された過去の登山者の軌跡をたどって地図にはないシトラスパーク方面の道をたどったが、遊歩道の痕跡はあるものの荒れ放題。時々足を滑らせながら下っていったが、最後は土砂崩れで道が完全に消失(そういえば山頂にシトラスパーク方面は道が流出して下山できないとあったのを思い出した)。薮こぎをして何とか砂防堰堤の工事現場に下山した。
ちゃんとした道があると思ったが…大荒れの道。遊歩道だった痕跡はあるが路面が流失している個所多数
多々羅大橋を渡って撮影ポイントへ
随分東寄りに下りてしまった。荒れ道の下山で足にもかなり負担がかかった。柑橘畑の中の道を西へ向かう。レモン畑の脇に無人販売所があったのでレモン3個を100円で購入。安い!この季節に自作しているりんごのコンフィチュール作りに使おう。
無人販売所で売っていたレモン。3個100円多々羅大橋は塔から斜めに張ったケーブルで橋げたを支える斜張橋で、1999年の完成当時はこのタイプの橋としては世界最長だった。もともと因島大橋と同じ吊り橋として計画されたが、技術の進歩に加え、観音山の大規模な地形改変を避けるという景観保護の理由もあって斜張橋に変更されたのだそうだ。確かに鳥が羽根を広げたような外観は優美で、瀬戸内海国立公園の多島美にもしっくりと溶け込んでいる。車道の南側に歩行者と自転車が通れる専用道が設けてあり、通行料は自転車100円、歩行者は無料だ。橋の長さは1480メートル。さあ、渡ってみよう。
生口島から見た多々羅大橋の優美な姿海上40数メートルの歩道は、下さえ見なければなかなか爽快だ。ただ、サイクリングの自転車がかなりのスピードで行き来しているので注意が必要だ。
塔の下に来ると「多々羅鳴き龍」の看板があった。「鳴き龍」で有名なのは京都の相国寺法堂。天井に描かれた蟠竜図(狩野光信作)の下で手をたたくと、音が堂内で複雑に反響してカラカラと聞こえるのを龍の鳴き声に見立てている。ここで手をたたくと、音が塔の柱の間で反響を繰り返し、カラカラという音が長く聞こえた。龍の絵はないが、まさに「鳴き龍」だ。
多々羅鳴き龍の看板 塔を下から見る。ここで手をたたくと柱の間で音が複雑に反響してカラカラと鳴る橋の真ん中には広島県と愛媛県の県境が引かれている。ここも撮影ポイントだ。多くのサイクリストたちが自転車を止めて写真を撮っていた。
広島県と愛媛県の県境はここ約20分かけて渡り終え、大三島側の多々羅展望台へ。ここで多々羅大橋と観音山のツーショットを撮影する。本当は下にある道の駅まで降りた方が山と橋が重ならないのできれいに撮れるのだが、上り返す根性がないのでパスした。
大三島から見た観音山と多々羅大橋多々羅展望台
レモン畑と観音山
港への長い道のり、その先の国宝へ
瀬戸田港までは約8キロ。既に14キロ近くを歩き、足裏に痛みも出ている。生口島に戻ったらバスに乗りたいところだが、地方路線バスによくある話で休日は適当な便がない。仕方ないので黙々と歩く。サンセットビーチを過ぎると足裏の痛みが強くなってきた。往路は楽しかった海辺の遊歩道歩きもほとんど苦行だ。わき目も振らず歩いて16時10分、瀬戸田港に着いた。
このまま16時20分の船に乗ってしまえばいいのだが、電車の接続が悪く、三原駅で長時間待たなければならない。45分の船に乗ると乗り継ぎがスムーズだ。ならばと、徒歩10分ほどの高台に立つ曹洞宗の潮音山向上寺に向かうことにした。有名な耕三寺に比べるとあまり知られていないが、ここには広島県内に7件しかない国宝建築の1つの三重塔があるのだ。そうそう来ることもないだろうから、思い切って訪ねることにした。
地図ではあまり距離はないのだが、寺門に通じる長い石段を見上げると絶望的な気分にとらわれた。耐えて上って本堂脇から三重塔までまた石段。息を切らせ、足の痛みをがまんしながらやっとの思いでたどり着いた。
向上寺への石段。心が折れそうになる国宝だけあって細部にまで意匠を凝らした優美な塔だ。「総覧日本の建築8 中国・四国」によれば、室町時代の永享4年(1432)に完成した、唐様に和様を混ぜた様式。室町時代の塔としては全国でも最も華美だという。大陸との交易で栄えた商人の富が注ぎ込まれたのだろう。
三重塔からは瀬戸田の町と今日登った観音山や、大三島、多々羅大橋の塔の一つも望めた。じっくり見ていたかったが、次の船まであまり時間もないので急いで港に戻った。総歩行距離は22.2キロだった。
国宝の向上寺三重塔趣向を凝らした意匠に目を奪われる
向上寺三重塔から観音山と瀬戸田の町、大三島を望む
(補足)下山は上った道を戻るか、伊豆里峠、中野ダムへのルート(地図のピンク色の点線)をたどるのが無難です。
2023.2.11(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」