バスと電車と足で行くひろしま山日記 第33回 恐羅漢山・旧羅漢山(安芸太田町、島根県益田市)

タイトル通り「バスと電車と足で行く」が基本コンセプトの連載なのだが、名山の中にもどうしても公共交通機関で行くことができない山が結構ある。以前紹介した比婆山連峰もその一つだが、県内最高峰の恐羅漢山(標高1346.2メートル)も車を使わなければ日帰りは不可能だ。この時期は、峰続きの旧羅漢山(1334メートル)の山頂周辺で「森の貴婦人」といわれるオオヤマレンゲを見ることができる。どうしようかなあ、と思っていたら、広島ホームテレビの映像制作プロダクション「ホームテレビ映像」のスタッフから環境キャンペーン「地球派宣言」の素材撮影に行きたいという希望が寄せられた。ガイド役を引き受ける条件で連れて行ってもらうことにした。

▼今回利用した交通機関 (※車を利用)
【行き】広島高速4号線中広出入口→同沼田出入口→広島自動車道・西風新都IC→中国自動車道・戸河内IC→国道191号・小板→大規模林道→牛小屋高原
【帰り】牛小屋高原→大規模林道→国道191号→中国自動車道・戸河内IC→広島自動車道・西風新都IC→広島高速4号線沼田出入口→同中広出入口

 


登山口へは大規模林道経由で


雪質の良いスキー場があることでも有名な恐羅漢山に行くには、かつては戸河内から内黒峠を越えるルートしかなかった。日曜夜のテレビ番組「ポツンと一軒家」に出てくるような細くてカーブだらけの山越えの道(一応県道)を10数キロも走るのはあまり気持ちの良いものではない。いまは深入山から5キロほど島根県側に進んだ国道191号の小板の交差点から大規模林道が通じており、少し距離は長くなるものの格段にアクセスが楽になった。(ナビまかせにすると内黒峠経由のルートを選択されることがあるのでご注意を)
広島市内から約1時間半で登山口のある恐羅漢エコロジーキャンプ場の駐車場に到着した。このあたりは牛小屋高原と呼ばれる標高950メートルの高原だ。

牛小屋高原から恐羅漢山を望む 牛小屋高原から恐羅漢山を望む

登山ルートは二つある。3人の撮影スタッフに「傾斜が急だけど距離が短いルート(立山尾根コース)と、緩やかだけど距離が長いルート(夏焼峠コース)のどちらがいい?」と尋ねた。稜線上の合流地点までのコースタイムは立山尾根コース50分、夏焼峠コース1時間30分。3人の意見は立山尾根コースで一致した。だが、彼らはすぐに後悔することになる。

登山ルートの案内板。上りは左を選んだが… 登山ルートの案内板。上りは左を選んだが…

ゲレンデの直登は…


地図を見ていただくとわかる通り、立山尾根コースはスキー場のゲレンデに沿ってほぼ直登する。尾根への最短距離ではあるが、傾斜に体力を奪われることになる。スタッフが持参したプロ仕様のカメラはレンズと合わせて約8キロ、三脚も約7キロの重量がある。もちろん分担して運ぶのだが、ものの3分ほどで「山の取材は初めて」という若手の息が上がる。このままでは尾根にたどり着くのも厳しそうだったので、トレッキングポールを貸す。腕の力も使えるのでかなり楽になるはずだ。逆ハの字型の足の運び方も伝えた。他の2人も苦しそうだ。こちらも汗が大量に吹き出すので、水分補給をしながら休憩を取りつつ足を運ぶ。

立山尾根コースを登る。きつい! 立山尾根コースを登る。きつい!

標高1130メートル付近まで上って振り返ると、駐車場ははるか下に、遠く内黒山(1082メートル)が望めた。1200メートルを過ぎると登山道は広葉樹の森に入る。まだ急な登りが続くが、気分は少し楽になる。三脚をかついだスタッフはしんどそうだ。10分ほどで傾斜が緩くなり、ほどなく夏焼峠コースと合流。さらに10分ほどで広島県最高峰、恐羅漢山の頂上に着いた。

立山尾根コース上部から内黒山方面を見る 立山尾根コース上部から内黒山方面を見る 山頂直前、台所原分岐に到達 山頂直前、台所原分岐に到達 恐羅漢山山頂(パノラマ写真) 恐羅漢山山頂(パノラマ写真)

山上は虫との闘い


この季節の山は「メマトイ」と呼ばれる体長数ミリの小さなハエが大量に発生して登山者を悩ませる。名前の通り、人間の目にまとわりついて涙をなめる習性があり、鬱陶しいことこのうえない。虫よけスプレーだけではとても防ぎきれないので全員が頭からかぶる防虫ネットを装着した。それでも止まっていると顔の周辺を飛び回られるわ、ネットに張り付かれるわで不快なので、休憩もそこそこにオオヤマレンゲの待つ旧羅漢山に向けて出発した。
旧羅漢山へはいったん約70メートルほど下り、上り返すことになる。鞍部はアシウスギ(芦生杉)の林になっており、地面はぬかるんでいるところもある。万一転倒すると大惨事なので、慎重に歩を進めた。


妖精のようなギンリョウソウ


今回の撮影行では、もうひとつ目的があった。ギンリョウソウだ。葉緑素を持たず、有機物を吸収して生活する腐生植物の一種で、この時期、筒状の釣鐘のような花を咲かせる。高さ10センチ前後、純白の神秘的な外観から「森の妖精」と呼ぶ人もいるが、白衣をまとった幽霊に見立てた「ユウレイタケ」という真逆のイメージの別名もある。キノコなどの菌類ではないのでユウレイタケはないだろう。
なかなか出会えなかったのだが、山頂まで標高差にして10数メートルのところで1本見つけた。撮影を始めると周辺の林の中でいくつも見つかった。倒木の脇に生えていたものは10本ほどの株だった。40分ほどかけてじっくり撮影し、旧羅漢山への最後の坂を登った。

妖精のようなギンリョウソウ 妖精のようなギンリョウソウ ギンリョウソウ ギンリョウソウ

「森の貴婦人」との対面


旧羅漢山の山頂は眺望がまったくない。はしごがかかった大岩に登れば周囲を見渡せるが、今回の目的はそこではない。岩の右側から北側へ回り込み、岩稜伝いに少し下った森の中を歩いていく。恐羅漢山・旧羅漢山は広島県と島根県の県境になっており、このあたりは地名としては島根県益田市匹見(ひきみ)町になる。歩くこと数分、岩壁の割れ目から伸びた幹と枝葉を見上げると、あった。オオヤマレンゲ。鮮やかな緑の葉に囲まれ、ふっくらとした白い花弁と淡紅色の雄しべの対比が鮮やかだ。少しうつむき加減に咲く優美な姿は「森の貴婦人」の名にふさわしい。真っ白なつぼみもきれいだ。この花に会いたいがために、多くの人が毎年1000メートル級の山に登ってくるのだ。

旧羅漢山へ最後の上り 旧羅漢山へ最後の上り 旧羅漢山の山頂 旧羅漢山の山頂 岩の割れ目から枝を伸ばすオオヤマレンゲ 岩の割れ目から枝を伸ばすオオヤマレンゲ 「森の貴婦人」の名にふさわしい優美な姿 「森の貴婦人」の名にふさわしい優美な姿

クルーが撮影していると、岩の上の方から「すごい」「きれい」という声が聞こえてきた。声のする方へ岩をよじ登ってみると、たくさんの花をつけたオオヤマレンゲが見えた。これを撮らない手はない。ただ、機材をもって下から登るのは不可能なので、いったん上り返し、ルートを変えて木に接近した。
カメラマンは狭い岩の上に三脚を立て、アシスタントディレクター(AD)がサポートしながら撮影していた。幸い登山者が途切れたこともあって、時間をかけて撮影することができたようだ。放送されるのは少し先になるようだが、楽しみだ。
個人的には、たくさんの花が咲いていた岩上よりも、数は少なかったけれど森の中で咲いていた花の方がイメージにふさわしい気がした。

岩の上からオオヤマレンゲを撮影する 岩の上からオオヤマレンゲを撮影する 岩上から見たオオヤマレンゲ 岩上から見たオオヤマレンゲ サラサドウダンはほぼ終わり サラサドウダンはほぼ終わり 大岩の上から周囲の風景を撮影するスタッフ 大岩の上から周囲の風景を撮影するスタッフ

帰途は夏焼峠コースで


撮影を終えて羅漢山の山頂に戻ると、多くの登山者でごった返していた。みなさんオオヤマレンゲに会いに来ている。昼食の時間だが、ここは狭いので恐羅漢山まで戻ることにする。山頂は相変わらずメマトイが群れているので、防虫ネットをかぶったままネットの内側におにぎりを引き込んで食べた。ネットを持っていない登山者は大変そうだった。

さて下山だ。「急坂だけど早く下山できるルートと、緩やかだけど距離の長いルートとどちらがいい?」。顔を見合わせたクルーの意見は緩やかな夏焼峠コースで一致。快適な稜線歩きを楽しみながら夏焼峠へ。峠からの下山路ではササユリも見ることができた。恐羅漢山の山頂からのコースタイム75分のところ55分で駐車場に無事下山した。

下山は夏焼峠コースへ 下山は夏焼峠コースへ 夏焼峠 夏焼峠 ササユリが咲いていた ササユリが咲いていた 下山後に恐羅漢山を仰ぎ見る 下山後に恐羅漢山を仰ぎ見る。少し雨模様の天気になった

 

《メモ》

恐羅漢山には完全予約・貸し切り制の小屋スタイルのサウナ施設「もりのさうなin 恐羅漢」がある。今回車を停めた駐車場のすぐ上、レストハウスの横だ。グループなら登山後に汗を流すのもいいだろう。円筒型の「ヘルシンキ」(4人用)と三角屋根の「コトカ―」(6人用)の2棟があり、いずれも150分貸し切りで16500円。予約はHP (https://morinosauna.net/)へ。「もりのさうな」は広島のサウナメディア「37HIROSHIMA」(https://hread.home-tv.co.jp/sauna/)でも紹介している。

サウナあります サウナあります

20226.18(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

ライター えむ
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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