軽くてしなやかな鉄装飾で、幸せな空間にそっと寄り添う|la forgerone décoration・岡本祐季さん
廿日市市内にアトリエを構える鉄装飾家の岡本祐季さん。
朝露がこぼれる一瞬をとらえたようなシャンデリアや蝶が休息に訪れたようなオブジェ、花が咲いたようなフロアライト……。
岡本さんの作品を見ていると、その材料が硬く重たいものであることを忘れてしまいます。
熱して打たなければ曲げることはできないはずなのに、鉄の植物も蝶も、ゆっくりと動いているよう。
そう錯覚してしまうほど、軽やかで凛とした空気をまとっています。
(提供:岡本祐季 撮影:浅野堅一)
「不思議な照明」に心を奪われて鍛冶の道へ
岡本さんが鍛冶の世界に飛び込んだのは、約30年前のこと。
証券会社で働いていたころ、週に何度も通っていた広島市内のカフェにあった一つの照明がきっかけでした。
不思議な雰囲気に惹かれてオーナーの故・光村孝治さんに作者を尋ねると、「わしが作った」。
「自分も作ってみたい」という一心で、その場で弟子入りを申し出たそうです。
岡本さん
「窓枠や手すりなど鉄でできたものは身の回りにたくさんあるけれど、『自分で作れる』と思ったことがなかったので、『作れる』ということにまず衝撃を受けました。しかもそれを作った人が目の前にいる。『どういうこと?』というワクワクと探求心に突き動かされたような感じでした」
すぐに断られましたが、諦めずに何十回も志願。
約9か月後に弟子入りを許されて、光村さんを師匠に修業が始まりました。
鍛冶の技術を身に付ける方法は、「見て覚える」のみ。
ハンマーと鉄の棒を渡されて「こうやって叩くんど」と教えてもらっても、叩き方が分からない。
叩いた跡はついても、「打てていない」と言われる。
「最初はとにかく鉄を火で焼いて、そこをハンマーで叩くんだなという意識しかなかったので、今振り返ると大変な日々でした。ハンマーは800gくらいなのですが、5、6回振るとフラフラしてしまうくらい筋力もなくて。でも、どうしても諦めきれなかった」
師匠に「向いていない」と言われても鉄を打ち続け、気づけばハンマーを一日中振れるように。
修業は約10年間。2008年に独立し、現在の場所にアトリエを設立しました。
鉄にはない繊細さや軽やかさを追い求めて
制作のテーマは「鉄の紡ぐ“光と影”」。
無機質な鉄の印象を覆すような繊細さや浮遊感が岡本さんの作品の特徴です。
「最初の頃からこういうものを作りたいと意識していたわけではなくて、叩いたり曲げたりする力が足りなくて、重厚感がある作品を作るのが難しかったんです。それで、自分らしい作品は何かと考えたときに、昔からレース編みやビーズ細工、裁縫が得意だったのでそれを鉄に置き換えてみよう、と」
「自分が好きなものを作るとやっぱり繊細でしなやかな雰囲気になるけれど、それでいいんだと思うようになりました。『そんなものは鉄じゃない』と言われたこともありましたが、徐々に受け入れられて自分の作風になっていったという感じです」
作品を作るときには、基本的に設計図は描かず、頭の中のイメージを少しずつ形にしていくことが多いそう。
鉄にはない透明感を生み出すため、ビーズや樹脂を組み合わせたり、彩色を行ったりすることもあります。
2025年には、廿日市市の「はつかいち美術ギャラリー」で開催された「地元作家4人展 むかう―無何有―」にも出展。
9つの白い枝が舞うような「Paradise of delight 楽園の息吹」や、アトリエから見える極楽寺山の池に咲く蓮をモチーフにした「蓮はいつ寝静まる」などのインスタレーションを制作しました。
「Paradise of delight 楽園の息吹」(提供:岡本祐季 撮影:河野未来)
「蓮はいつ寝静まる」(提供:岡本祐季 撮影:河野未来)
「ゆきぱん」が生んだ“うれしい”の循環
岡本さんの作品の一つに、2019年に販売を開始した「ゆきぱん」があります。
(提供:岡本祐季 撮影:中野章子)
元になっているのは、師匠である光村孝治さんのレストランで使われていた手作りのフライパン。
岡本さんも独立後に自分の炉でフライパンを作り、使っていたそうです。
(提供:岡本祐季 撮影:中野章子)
友人に何度「欲しい」と言われても「これは師匠と私の思い出」と作るつもりはなかったのだとか。
しかし、「こんなに何回も欲しいと言ってくれているのだから」と1枚販売すると、その友人はフライパンをとても喜び、愛用してくれたそうです。
その姿に心を動かされて友人や知人への販売を始めたところ、大きな評判に。約4カ月で200枚の注文がありました。
「これで焼くと、お肉も魚も本当に美味しくなるんです。野菜も甘くなるので、お子さんがこれで野菜を食べられるようになったという話も聞きます。『美味しい』とお子さんが喜んだら、親御さんも喜ぶ。それがすごくうれしいなって」
(提供:岡本祐季 撮影:中野章子)
2020年に一般販売を開始すると、瞬く間に日本全国から注文が入る人気商品に。
「一般販売を始めたきっかけは新型コロナウイルスの流行でした。大きなオブジェの発注もなくなって、みんなに喜んでもらうために私は何が作れるかと考えたとき、『ゆきぱん』にしようって。それまではきれいなものを作ることを追求してきましたが、“おいしい”も感動の一つで、喜んでいただけることが私もうれしかった。“うれしい”の循環が起きるなかで、私は作品を通して生まれる団らんや温かい時間を提供したいのだと気づくことができました」
さらなる安らぎを生む、心地よい作品を
個人からの注文のほか、企業や公共団体からの依頼で作品を作ることも多い岡本さん。
病院のオブジェや商業施設のエントランスなど7mを超える大きな作品から、カフェの椅子まで、日常生活のあちこちに作品が溶け込んでいます。
ひろぎんホールディングス本社ビル1階のオブジェ(提供:岡本祐季 撮影:浅野堅一)
「約30年続けてきても、できるようになることがまだ増えるのが楽しい。作品を作っているともちろん波はあるのですが、なかなかうまく曲げられなかったものがきれいに曲げられるようになって感動、思い描いた表現ができるようになって感動……というのが、ずっと繰り返されている感じです」
(提供:岡本祐季 撮影:中野章子)
「これから作ってみたいのは、ホテルや公園、ご自宅に飾れるようなオブジェ。誰かを迎えたり、人が集まったりする安らぎの場所に作品を置いていただけたらとてもうれしいなと思っています。そこに作品があることで、もっと心地よく、ほっとする時間が流れるようなものを作っていけたら」
la forgerone décorationの基本情報
<所在地>
広島県廿日市市(詳細非公表)
<メール>
la_forgerone@forgerone.com
<公式サイト>
https://forgerone.com/
<SNS>
Instagram:@ la_forgerone
ライター/時盛郁子
※紹介している内容は2026年1月取材時点のものです。公開後内容が変更している可能性があります。