バスと電車と足で行くひろしま山日記 第95回【遠征編】安達太良山(福島県福島市など)

麓から安達太良山(左)を遠望する

 

その詩に初めて出会ったのは、中学の国語の教科書だっただろうか。

 

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながらいふ。

阿多多羅山(安達太良山)の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

 

彫刻家で詩人の高村光太郎(1883~1956)の詩集「智恵子抄」に収められている「あどけない話」という詩だ。東京で暮らしていた高村光太郎の妻・智恵子(1886~1938)は東京の環境に慣れることができず、故郷の現在の福島県二本松市から見上げる安達太良山の上に浮かぶ青空を懐かしんでいたのだという。心を病み、結核で亡くなった智恵子への思いがこめられた詩に登場するこの山に、いつか登ってみたいと思っていた。この秋、東北を旅する機会を得たので、日本百名山にも選ばれている安達太良山(1699.6メートル)を目指した。

 

▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)福島空港→(レンタカー)→奥岳登山口駐車場・あだたら山ロープウエイ山麓駅→同山頂駅
帰り)奥岳登山口駐車場→(レンタカー)→遠刈田温泉

 

 


「ほんとの空」の記念碑


福島空港でレンタカーを借り、登山口のあるあだたら高原スキー場を目指す。駐車場到着は午前11時10分。支度を整え、あだたらロープウェイの山麓駅へ。既に標高は960メートル。ゴンドラに乗り込み、絶景を楽しみながら10分ほどで山頂駅に到着した。標高は1350メートルで、一気に400メートル近く上ったことになる。

登山開始の前に、装備を点検する。登山者の多いルートだが、このところ各地でクマの出没情報が相次いでいるので、クマ鈴は入念に点検する。(10月25日に別ルートの塩沢登山口付近で登山者がクマと遭遇したが無事だったというニュースが流れた。出会わなくてよかった)

 

あだたら山ロープウェイの山麓駅

 

ゴンドラに乗って標高差約400メートルを一気にクリア

 

上り始めの登山道は木道になっており、歩きやすい。5分ほど歩いてまずは薬師岳(1322メートル)の山頂へ。立派な石造りのお社が立っている。周囲は遮るものがなく、すばらしい眺望だ。西に安達太良山の山頂が望める山頂広場には「この上の空がほんとの空です」と刻まれた記念碑が立っている。智恵子抄の描写に想を得たのだろう。残念ながら、上空は雲に覆われており、詩に描かれた「青い空」というわけにはいかなかった。

 

上り始めは整備された歩きやすい木道

 

薬師岳山頂から安達太良山を望む。右の記念碑には高村光太郎の詩にちなんだ「上の空がほんとの空です」と刻まれている

 


紅葉はまだ早め


ここから本格的な登山に移る。ほどなく木道は終わり、山道に。沿道にはリンドウがあちこちでつぼみをのぞかせている。広島の山で見るリンドウに比べるとかなり大ぶりだ。猛暑の影響で紅葉にはまだ早いが、それでもところどころで美しい紅葉が見られた。

 

登山道に咲いていたリンドウ。広島のリンドウよりも大きめ

 

約30分で仙女平分岐に到着。標高は1477メートルで、少しずつ黄色や赤の葉が増えてくる。トンボが岩に止まっている光景も見られた。標高1500メートルを超えると樹木は低くなる。振り返ると紅葉もそこそこ進んでいる。

 

ところどころ美しい紅葉も

 

仙女平分岐。標高1477メートル

 

標高1600メートル付近になると、登山道の脇に石を積み上げたケルンが現れる。岩に赤白のペンキで目印が描かれているところも。比較的緩やかな地形だけに、悪天候で視界が悪くなると道を見失う恐れがあるためだ。

 

標高1570メートル付近。紅葉も少し進んでいる

 

道迷い防止のケルンとペンキの目印

 


迫力の岩峰をよじ登る


さらに上り、1650メートル付近になると、樹木はほとんど見られなくなり、岩塊が転がる荒涼とした風景になる。見上げると、岩塊が盛り上がっている。あの岩山の上が山頂だ。

 

安達太良山の山頂が見えてきた

 

10分ほど歩くと岩峰直下の広場に着いた。岩峰にはアルミ製のはしごを使って取り付く。少しスリリングな地形なので慎重に足元を確認しながらよじ登っていくと、数分で眺望抜群の山頂に着いた。

 

山頂直下の広場

 

はしごを使って岩峰をよじ登る

 

遮るもののない、すばらしい360度の展望だ。三角点横の岩の上には小さな祠と「安達太良山」の看板。百名山にふさわしい景色を満喫した。

 

安達太良山の山頂。遠く磐梯山が見える

 


牛ノ背を歩き明治の爆裂火口跡へ


コンビニおにぎりの昼食を済ませ、今回の登山のもう一つのハイライト、沼ノ平の爆裂火口跡に向かう。牛ノ背と呼ばれる尾根を歩いて北に向かう。振り返ると、先ほど登頂した安達太良山の岩峰が立ち上がっている。頂上には登山者の姿も確認できた。

 

牛ノ背から安達太良山を振り返る

 

約30分で沼ノ平を見下ろす崖に着いた。

ここは1900(明治33)年、大規模な水蒸気爆発を起こした場所だ。火口内にあった硫黄鉱山の従業員72人が死亡、10人が負傷する大災害になった。1997年には火山ガスに含まれる硫化水素を吸った登山者4人が亡くなる事故も起きており、火口内は立ち入り禁止になっている。

火口の直径は約500メートル、一帯は硫黄の色に染まった荒涼とした風景が広がっており、この世のものとは思えない雰囲気を漂わせている。今も生きている活火山だ。

 

沼ノ平の火口跡

 


下山ルートは選択ミス


さて、下山だ。もう一度安達太良山の山頂に戻り、来た道を下ってロープウェイで下山するか、このまま下って勢至平を経て駐車場まで歩いて下るか。時刻は14時前でまだ早いし、上り返すのも面倒だと思って下りルートを選んだのだが、これが大きな間違いだった。

 

勢至平への分岐。安達太良山へ戻ればよかった

 

予定では2時間ほどで下山できるはずだったのだが、雨上がりだったこともあって路面が荒れており、歩きにくいことこの上ない。同じルートをたどる人もほとんどなく、「選択ミス」の言葉が脳裏をよぎる。後日登山アプリYAMAPを見ると、6月に同じルートで10メートル先にまるまる太った大きなクマと出会ったが逃げてくれたので無事だったというリポートが掲載されていた。遭遇しないでよかった。

 

下山路から鉄山(1709メートル)を見上げる

 

勢至平まで降りると林道に合流。距離は長くなるが、そのまま歩きやすい林道を下ればよかったのだが、ショートカットになる旧道を選択したのが大間違い。水たまりと泥田を下るようなとんでもない荒れ道で、二度ほど滑って転倒。再び林道に合流したところで林道歩きに復帰し、ほうほうの体で下山した。確かに所要時間は2時間ほどだったのだが、体感的には1.5倍くらいかかったようだった。あまり楽しい道ではないし、ロープウェイを利用したルートで往復することをお勧めします。行動時間は4時間30分、歩行距離は8.8キロだった。

 

林道に合流。このまま林道を歩けばよかった

 

何とか下山。日本百名山の著者深田久弥はこちらから登った

 

2025.10.4(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

 

※全国各地でクマの出没情報が報告されています。登山を楽しまれる際は、十分にお気を付けください。

 

 

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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