バスと電車と足で行くひろしま山日記 第87回サイオト周回縦走㊤(中野冠山~ノベリ山~一兵山家山~来尾峠)(北広島町)

優美な山容を見せる中野冠山

 

広島県と島根県の県境には1000メートル級の山々が連なっている。北広島町には魅力的な山も多いが、登山に使える公共交通機関はほぼ皆無。第1回臥龍山(https://hread.home-tv.co.jp/post-92888/)で利用させてもらった石見交通バスの新広益線も利用者の減少と運転手不足のため2024年6月から全面運休中だ。第44回の雲月山(https://hread.home-tv.co.jp/post-217153/)や第46回阿佐山(https://hread.home-tv.co.jp/post-223221/)、第81回聖山・高岳(https://hread.home-tv.co.jp/post-436260/)を紹介してきたが、いずれも登山口までの足は車だった。今回はスキー場「ユートピアサイオト」のある才乙集落を囲む山々を周回縦走するプランを立ててみた。最近増えてきたカーシェアの車を使って現地に向かった。

 

▼今回利用した交通機関
*サイオト集会所まで往復ともカーシェアを利用

 

 


伝説の山里・才乙


才乙(さいおと)は標高約700メートル、県境の芸北高原に広がる農村だ。印象的な集落名の由来は、広島藩初期に編纂された地誌「芸備国郡志」のもとになった資料(書出帳)に「梭(さい)の音の聞(きこ)へたる地なるが故(ゆえ)梭の音村と申候」と書かれている。「梭」とは機織りの道具のことだ。

この記述の基になったと思われる伝説がある。東側の天狗石山(1191メートル)と高杉山(1148メートル)の稜線上に「乳母御前(うばごぜん)神社」と呼ばれる小さな祠がある。史実では、源平合戦の最後、1185年の壇ノ浦の戦いで敗れた平家は、二位尼(平清盛の妻・時子)が幼い安徳天皇を抱いて入水、ともに亡くなったとされている。しかし、二位尼と安徳帝がひそかに戦場を脱出して生き残っていたという伝説は中四国や九州、対馬など各地に残されており、ここでは二位尼(乳母御前)が機織りをしながら山中に隠れ住み、その音が里にも響いたことが村名の由来になったという。なんともロマンのある話だ。

 


サイオト集会所からスタート


広島から国道と県道を走り継いで約1時間40分、集落中心部のサイオト集会所に車を停めさせていただく。集会所前の草地には和牛が放牧されている。車道を北に数分歩くと、ログハウスの手前に「冠山へ」の標識。ここが登山口だ。

 

大きな看板がわかりやすいサイオト集会所

 

道路沿いの草地に和牛が放牧されていた

 

中野冠山の登山道入口

 

ご存じの通り、県内には冠山と名のつく山が多くあり、区別するために地域の名前をつけて呼ばれることが多い。このあたり一帯は「中野」と呼ばれており、中野冠山と称されている。

 

登山道脇に咲いていたニシキゴロモ

 

スミレの仲間

 

ミツバツツジだろうか

 

お椀を伏せたような優美な山容だが、標高850メートル付近から傾斜が急になる。息が上がるが、登山道の脇にはニシキゴロモやスミレの仲間、ミツバツツジと思われる花が咲いていて癒される。30分ほどで縦走路の分岐に到達、左に曲がって5分歩くと中野冠山の山頂に着いた。

 

登り始めから約30分で稜線の縦走路に合流

 

中野冠山の山頂に到着。遠方の鋭鋒は左が天狗石山、右がスキー場のある高杉山

 


西中国山地の展望台へ


山頂一帯は草原になっており、眺望は抜群だ。「西中国山地の展望台」とも呼ばれているという。昭和初期までは西側の916メートルピーク(小冠とも呼ぶらしい)とともに地域共有の草刈り場だったという。前日までの雨が上がったばかりなので雲が低く、もやもあってあまり眺望がきかないのが残念だが、天候に恵まれれば三瓶山や大山まで見渡すことができるという。しばし休憩して景色を楽しんだ。

 

東側を望む。遠方右に毛無山、高杉山と天狗石山の間に阿佐山がのぞく

 

南方を見る。眼下に才乙の集落

 

先に向かう。先ほど上ってきた分岐を過ぎると、道は急な下り坂になる。地形図を見ると標高差にして200メートル近く下る形だ。路面は雨の影響でかなり濡れており、気を付けていてもスリップする。下りきるまでに2度しりもちをついた。この下りでかなり足のスタミナを削られた。

 

写真ではわかりにくいが、ノベリ山に向かう道は急坂で滑りやすい

 


ノベリ山から一兵山家山へ


鞍部から標高939.7メートルのノベリ山には100メートル以上も上りかえす。山と言っても頂上感はなく、縦走路の通過点という印象だ。道はよく整備されていて歩きやすい。アセビの白い花もきれいだ。ただ、細かいアップダウンが続くため、地味に体力を削られる。先ほどの中野冠山からの下りと併せて疲労がたまってくる感じがする。その影響は後で思い知らされることになる。

 

ノベリ山。登山道の脇、という感じで山頂感は皆無

 

快適な縦走路

 

アセビが咲いていた

 

ノベリ山から約40分で一兵山家山(951.8メートル)へ。「いちべえさんかやま」と読む。「さんか」は共有を意味する言葉で、この山が地域の共有林だったことに由来するらしい。

この一兵山家山、山頂らしい場所がない。道が下り勾配になってきたのでYAMAPの地図を確認すると、少し通り過ぎている。戻って探すと、10メートルほどの脇に三角点の置かれた広場があった。危うく見逃すところだった。当然のことながら眺望はない。写真だけ撮って先に向かう。

 

一兵山家山。登山道から少し外れたところに三角点があり、見逃すところだった

 


来尾峠へ下る


今回のルートは来尾峠までが前半戦。一兵山家山から939メートルピークを越えて標高差約150メートルを下る。けっこうきつい下りだ。道沿いにはイワカガミが薄いピンク色の花を咲かせている。紫のイカリソウも目に付く。

 

来尾峠に下りる道沿いにはイワカガミがたくさん咲いていた

 

11時40分、峠に下りた。いつもなら見晴らしの良い場所を選んで昼食にするのだが、燃料切れになりかねないので駐車場の隅に座ってランチタイムにすることにした。せっかくカップヌードルも買ってきたのだが、疲れもあって支度する気になれなかったのでおにぎりと菓子パンで手早く済ませた。目の前には「天狗石山へ」と書かれた標識が立っている。(後編に続く)

 

来尾峠に下りてきた。向こうは島根県

 

後半の天狗石山への案内標識

 

2025.5.10(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

 

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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