バスと電車と足で行くひろしま山日記 第77回【遠征編】十種ヶ峰(山口市)
山好きの間には「推し活」ならぬ「花活」「花活登山」という言葉がある。春から秋にかけて咲くさまざまな山野草の鑑賞を目的に山登りをすることだそうだ。当コラムでこれまでに紹介した記事のうち、広島ホームテレビの環境キャンペーン「地球派宣言」を制作しているホームテレビ映像の取材スタッフと一緒に行った、第33回恐羅漢山・旧羅漢山(https://hread.home-tv.co.jp/post-173289/)のオオヤマレンゲや第56回船通山(https://hread.home-tv.co.jp/post-263784/)のカタクリの取材は「花活登山」といっていいだろう。今年も花の季節が始まった。目的地をどこにするか。山口市と島根県津和野町の境界にそびえる十種ヶ峰(とくさがみね 988.6メートル)には、希少なヤマシャクヤクの群生地があり、ゴールデンウィーク前後に谷が一面白い花で埋め尽くされると聞いていた。ホームテレビ映像のスタッフに声をかけたところ、ぜひ撮影したいというので同行させてもらうことにした。連休真ん中の平日(休みを取った)の5月2日、天気は上々。最高の映像が撮れると意気込んで現地に向かったのだが…。
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▼今回のルート(※車を利用)
【行き】広島高速4号線中広出入口→同沼田出入口→広島自動車道・西風新都IC→中国自動車道・鹿野IC→国道315号→神角八幡宮駐車場・ヤマシャクヤクコース登山口
【帰り】神角コース登山口・神角八幡宮駐車場→国道315号→国道9号→県道226号→県道3号→中国自動車道・六日市IC→広島自動車道・西風新都IC→広島高速4号線沼田出入口→同中広出入口
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名峰「長門富士」へ
十種ヶ峰は南麓の徳佐地区から見ると鋭い山頂が印象的な独立峰だ。「長門富士」とも、「徳佐のマッターホルン」とも呼ばれる山口県を代表する名山だ。登山口となる神角(こうづの)までは最寄り駅のJR山口線徳佐駅から6.7キロも歩かなければならないので公共交通機関利用は難しい。車を使うと、広島市内からは高速道路と一般道を乗り継いで2時間10分ほどの道のりだ。
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「地球派宣言」を制作するには、花だけでなく十種ヶ峰の全体像の画像も必要だ。秀麗な山容を撮影するには、徳佐駅の北側あたりがいいらしい。ガイドブック(山と渓谷社「分県登山ガイド34 山口県の山」)に載っている写真を見ながら山口線沿いを北上し、住所でいうと山口市阿東徳佐中、踏切を越えたところに撮影ポイントを定めた。手前の500メートル級の無名峰越しではあるが、秀麗な山容が良く見える。スタッフは三脚を立て、15分ばかりじっくり撮影していた。
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自生地への急登
山容の撮影地から登山口がある神角(こうづの)集落までは車で10分ほど。神角八幡宮の駐車場(1台300円)に車を止めて登山開始だ。駐車場の標高は480メートル、ヤマシャクヤクの自生地は740~800メートル付近だから標高差は300メートル前後。地形図を見るとほぼ直登ルート、しかも結構な急登だ。撮影スタッフは例によって約8キロのプロ仕様カメラと約7キロの三脚を携えての登山なのでなかなかの苦行だ。
防獣柵を開けて林道に入る。しばらくは舗装された道なのだが、これが地味にきつい。息を上げながら20分ほどで林道の終点に。ここから山道に入るが、沢沿いを真っすぐ上る道でかなり険しい。前方にヤマシャクヤク見物ツアーと思しき10人ほどのグループがいたので、ペースは比較的ゆっくりだ。上り続けること約30分、自生地に着いた。
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ヤマシャクヤクは…完全終了
様子が変だ。「谷を埋め尽くす」と言われる白い花がまったくない。前を歩くスタッフの1人が、「もしかしてこれですかね」と指さしたのは。花びらもなくなってがくと子房だけが残っている植物。「まさか全部散っている?」。山行を計画した4月の連休前に登山アプリYAMAPユーザーの活動日記を見た時は、満開の写真がたくさんアップされていた。4日後くらいなら大丈夫だろうと高をくくっていたのだが、甘かったようだ。高度が高いところなら少しくらい残っているのではないかと期待して上り続けたが、見事に一輪もなし。前を上っていたグループのガイドの男性が「自生地はここまで。残念ながら完全に終わってしまっていたようです」と説明していた。
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ガイドブックには「開花時期は年によっても若干異なるがゴールデンウィーク前後」と書かれていたが、暖冬の影響で開花が早まっていたようだ。花が咲いている期間は開花から数日と非常に短いらしい。後で活動日記をチェックしてみたら、3日前の4月29日まではわずかに残っていたらしい。恐らく5月1日にかけての雨で散ってしまったのだろう。残念。撮影スタッフには事前調査が不十分だったことをわびた。
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登山としては最高の条件
気を取り直して山頂を目指す。ヤマシャクヤク自生地の谷を抜けて稜線に上がると樹林が途切れ、青空が開けた。眼下にはスタートした神角集落が見える。道沿いに咲いていたイカリソウやフジの花に慰められる。そういえば650メートル付近にはラショウモンカズラも咲いていた。緩やかな稜線を上ること約20分で山頂に着いた。
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山頂は樹木がなく、360度の眺望が楽しめる。天気はいうことなし、透明度もまずまず。登山だけなら最高の条件だ。北東方向には津和野にそびえる円丘状の火山・青野山(907メートル)が端正な姿を見せる。北西方向にはぼんやりだが日本海も見えた。当初の目的は果たせなかったが、好天の下、景色を楽しみながらみんなでおにぎりの昼食をいただいた。
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下山は神角コースをたどる。熊野権現社を過ぎ、しばらく下ると立派な石造りの鳥居と小ぶりな社が現れた。石板に刻まれた由緒によると、大病を患った子供の平癒を願う母親が毎日十種ヶ峰に登り、御水をいただき続けたところ、病は奇跡的に快癒した。その子が93歳で亡くなった母と熊野権現に感謝して建立したとあった。江戸時代に長州藩が藩内の全町村に提出させた地域の明細書「防長風土注進案」によると、十種ヶ峰の山名は御食主命が10種の神財を山に埋めたという伝説にちなむという。山登りがレクリエーションとして普及する前、神々しいシルエットのこの山は、地元では古くから神の山としてあがめられていたのだろう。
神角コースはところどころ滑りやすい個所もあるが概ねよく整備されており、傾斜もそれほどきつくはなく歩きやすい道だ。約1時間で駐車場に帰り着いた。
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下山後のお楽しみは
帰路は津和野方面を回ることにする。途中、道の駅願成就温泉に立ち寄る。入浴する余裕はなかったが、無料の足湯を利用させてもらった。泉質はラドンを含むラジウム温泉だそうで、神経痛や筋肉痛などに効能があるという。10分ほどつかっていると足だけでなく体も温まり、疲れを癒すことができた。いつか谷一面のヤマシャクヤクを見たいものだと思いつつ帰途についた。
総歩行距離は5キロ、行動時間は2時間50分だった。
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2024.5.2(木)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」