ここでしか体感できないアートが、あなたの常識を揺さぶる/奈義町現代美術館(岡山県)
JR津山駅から、地元の学生さんたちとバスに揺られること30分。
大きな街路樹が枝を広げ、濃い霧の向こうには、鳥取県との境をなす那岐山(なぎさん)が横たわっています。
建築家と芸術家が生んだ、21世紀の美術館の形
牧歌的な風景の真ん中に、その“前衛的”な美術館はありました。つづみのような、コーヒーを飲み干した後のタンブラーのような、白い巨大物体がのぞいています。
建築家と芸術家が共同制作した奈義町現代美術館、通称Nagi MOCA(ナギ・モカ)です。
世界的な建築家、磯崎新が人口1万人にも満たない奈義町を訪れ、日本文化を独自に解釈する芸術家たちを選定し、「ここに来ないと見られない性質を持つ美術館」を作り上げたのだと岸本和明館長は言います。
ナギ・モカは3つの常設展示室から成る公立美術館です。
エントランスに最も近いのが『大地』の部屋。彫刻家の宮脇愛子の作品、≪うつろひ-a moment of movement≫が展示されています。
水面、あるいは石の間から伸びた何本ものステンレスワイヤーが空中にダイナミックな弧を描き、しなり、ねじれてまた水中へ、そして石の間へと戻っていきます。
太陽が顔を見せると作品には光と影が生まれ、その表情は刻一刻と移ろっていきます。喫茶室からガラス越しに『大地』の部屋を眺めていると飽きることがありません。
奈義町に存在するために制作された作品
その地形上、ナギ・モカには那岐山からの強い風が吹き付け、強風によってワイヤーが激しくうねり、冬にはワイヤーの上に雪が積もることもあるのだそう。時間の経過だけではなく、この彫刻は奈義の四季の移ろいをも美しく見せるようです。
ときには、こうして作品のなかから、アカハライモリの赤ちゃんや土蛙が姿を見せ、奈義の豊かな生命の営みを感じることができます。
2つめの展示室は『月』の部屋。岡山県にゆかりがある岡崎和郎(かずお)の≪HISASHI-補遺するもの≫が三日月型の室内に展示されています。
この部屋では足音も声もよく反響します。天井には木材。床は土間に使われる三和土(たたき)です。御影石のベンチが置かれていて、腰掛ければブロンズのHISASHIとじっくり向き合うことができます。
どろっと溶けて固まったようなHISASHIは、雨風や強い日差しを遮る家屋の庇(ひさし)のように、真っ白な壁にうっすらと影を作ります。
中秋の名月の午後10時になると、月光が差し込むように設計されているという月の部屋。屋外と屋内の境目がぼやけ、外のベンチにぽつんと座っているような感覚に陥る展示室です。
3つ目の展示室は、荒川修作+マドリン・ギンズの≪遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体≫が展示される『太陽』の部屋。
奇妙で不均衡で、落ち着く部屋
いよいよ、美術館の外から目立っていたあの筒の中に入っていきます。この小さな階段を登るとどんな世界が待っているのでしょう。一歩一歩慎重に登りながらも、胸の高鳴りを抑えきれません。
© 1994 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.階段を登りきると、目に飛び込んでくるのはこんな世界。想像をはるかに超えてきます。
平衡感覚が失われ、幼い頃から目にしてきたものや、よく知る風景がまるで初めて触れるもののように感じられます。
上も下もなく、目の前に見えるものに手を伸ばしても届かず、「なんじゃこりゃ!」のオンパレードです。でも、どこか懐かしく、ホッとするのです。
この記事で、作品と建築の全体像を紹介することはできません。むしろ試みるべきでもないように思えます。
それは、できるだけ事前の予習をせず、予備知識が少ない状態でナギ・モカを体感してほしいから。
驚くべきことに、ナギ・モカが開館したのは平成6年(1994年)。令和の時代に入ってもなお新しいナギ・モカを30年近くも前に建てた磯崎さんの視点は、岸本館長の言葉を借りれば、まさに「未来を撃ち抜いていた」といえます。
開館時間とアクセスを調べて、とりあえず出かけてほしい。全身でナギ・モカの挑戦を受けてください。
奈義町現代美術館
住所/岡山県勝田郡奈義町豊沢441
電話/0868-36-5811
営業時間/9:30~17:00(入館は16:30まで)
入館料/一般700円 高校生500円 小中学生300円
最寄駅/JR津山駅
駐車場/あり
休館日/月曜日(祝日の場合は開館)および祝日の翌日、年末年始
https://www.town.nagi.okayama.jp/moca
瀬戸内Finderフォトライター 堀まどか
▼記事提供元
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