バスと電車と足で行くひろしま山日記 第42回 吾妻山・比婆山連峰(庄原市)
3回連続で車利用の山日記になってしまった。「タイトルと内容が合っていない」という声が聞こえてきそうだが、車でないと行けない県北の紅葉の山を取り上げるためということでご理解いただきたい。比婆山連峰の紅葉を愛でながら、日本最古の歴史書・古事記に記された国生み神話の主役である伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の伝説の舞台である吾妻山(1238.4メートル)と比婆山(1264メートル)を縦走するルートをたどった。
▼今回のルート(※車を利用)
【行き】広島高速4号線中広出入口→同沼田出入口→広島自動車道・西風新都IC→中国自動車道・庄原IC→国道183号→県道254号→立烏帽子駐車場
【帰り】(立烏帽子駐車場から車を回送)吾妻山キャンプ場駐車場→県道25号・馬木→県道49号→国道314号・八川→国道183号→中国自動車道・庄原IC→広島自動車道・西風新都IC→広島高速4号線沼田出入口→同中広出入口
「ひろしまリード」スタッフとともに
今回は広島ホームテレビで「ひろしまリード」を編集している登山経験のないスタッフ2人が同行した。登山初心者に県民の森(標高約800メートル)からスタートするフルコースはちょっと酷なので、楽なプランを検討。標高1180メートルの立烏帽子駐車場まで車で上り、紅葉の名所池ノ段へ。2人はここで引き返して車で吾妻山西麓の吾妻山キャンプ場駐車場に先回りし、吾妻山の山頂で落ち合って一緒に下山する計画を立てた。
立烏帽子駐車場。標高1200メートル近くまで車で上れる天気予報は晴れだったのだが、前回のくじゅう連山と同様、午前8時27分のスタート時は一面白いガスに包まれていた。「いずれ晴れるだろう」と期待して出発。当初は同行者の体力を考慮して高低差のない山裾を迂回する予定だったが、早く着きすぎてもガスが晴れるのを待たなければならないので、比婆山連峰最高峰の立烏帽子山(たてえぼしやま 1299メートル)を経由することにした。
ガスが立ち込める立烏帽子山への登山道急斜面を上るジグザグの登山道はそれなりにきついが、ガスのかかった林間の道は幻想的だ。大きな段差を乗り越えなければならない場所もあり、2人は結構しんどそうだった。それでも15分ほどで山頂に到着。ガスは薄くなってきたが、景色を見渡せるほどではない。下りの西斜面の木々は紅葉が進んでいる。鞍部へ下り、標高差30メートルほどを上り返すとそこが池ノ段だ。時刻は午前9時。眼前には紅葉に彩られた立烏帽子山が見えるはずなのだが、ガスの中だ。
立烏帽子山頂。標高1299メートルは比婆山連峰最高峰 ガスに包まれた池ノ段
寒さのち紅葉
ここは辛抱強く待つしかない。池ノ段は周囲に高い木がなく吹きさらし。かなり風が強く、アウターをはおっても体温を奪われて寒い。秋というよりも初冬の雰囲気だ。低木の陰に隠れて風を避ける。待つこと約20分。雲が切れ始めるとみるみるガスが晴れはじめ、紅葉をまとった立烏帽子山のきれいな三角形の山容が姿を現した。若干ピークは過ぎている観はあるが、赤、黄、橙の彩りと常緑樹の緑が交ざるグラデーションが鮮やかだ。時折雲間からのぞく日が差すと一層鮮やかさが増す。平地にも紅葉の名所はたくさんあるが、ここ比婆山連峰・池ノ段の美しさは格別だ。たっぷり写真撮影を楽しんだ。
ガスが晴れ始め、立烏帽子山が姿を現した 青空も見えてきた 紅葉の立烏帽子山2人とはここで分かれ、1人で比婆山へ向かう。ソロ登山の場合、車で来ると必ずスタート地点に戻らなければならないが、今回は車を回送してもらえるので片道ルートを取ることが可能だ。
池ノ段から比婆山(正面)を望む。吾妻山(左)のピークは雲の中
伝説の比婆山御陵へ
古事記の国生み神話では、天つ神の命を受けた伊邪那岐命と伊邪那美命の男女2神が日本列島を生む。国土を整えた後、伊邪那美命は神々を生むのだが、最後に火の神・迦具土神(かぐつちのかみ)を生んだ際に重いやけどを負って命を落とす。その亡骸が葬られたのが比婆山だという。古事記には「伊邪那美神は出雲国(島根県)と伯伎国(ははきのくに=鳥取県西部)との境の比婆の山に葬られた」とある。比婆山山頂に開けた円丘の中央、イチイの老木に囲まれた巨石が伊邪那美命の墓である御陵とされ、古くから信仰を集めてきた。吾妻山は、この山から御陵に向けて伊邪那岐命が「吾(わ)が妻よ」と懐かしんで呼びかけたことから名付けられたという伝説がある。
池ノ段からは越原越(おっぱらごし)に向けて標高差約150メートルを下る。ちなみに、この変わった名は、黄泉の国に伊邪那美命に会いに行った伊邪那岐命が、その恐ろしい姿を見て逃れる際、追っ手を追い払った場所だという。ここから立烏帽子駐車場に通じる巻き道の途中には、この世とあの世の境の黄泉比良坂(よもつひらさか)に置いて伊邪那美命を阻んだという千引岩(ちびきいわ=動かすのに千人の力を必要とする大きな岩)もある。
黄泉の国からの追っ手を追い払ったという伝説の残る越原越越原越から御陵までは約1.2キロ。国天然記念物のブナ純林の中を上る道だ。落葉が進んでおり、明るく歩きやすい。比婆山から下りてくる人たちと頻繁にすれ違う。30分ほどで御陵に到着した。比婆山の山頂一帯は3ヘクタールの広大な平坦地が広がっており、その中央部、イチイの老木に囲まれた巨石のあるエリアが伊邪那美命を葬ったと伝えられる御陵だ。古来神域として信仰され、多くの参拝者を集めていたが、明治20(1887)年ごろ、比婆山を神陵と称することが禁止され、登拝は衰えたという。一帯は比婆山伝説地として県の史跡に指定されており、いまも荘厳な空気をたたえている。
明るいブナ林の道を行く 青空に伸びるブナ 伊邪那美命の陵墓と伝わる比婆山御陵
天空の草原と伊邪那岐伝説の山
御陵を後に吾妻山へ向かう。烏帽子山(1225.1メートル)のピークハントは見送り、巻き道を選ぶ。少し急な坂を20分ほど下ると、中国自然歩道の案内板のある休憩所。さらに数分進むと視界が開け、広大な草原に出る。大膳原だ。ここは標高1000メートルあまり、まさに天空の草原だ。眼前には吾妻山が南北方向に裾野を広げた雄大かつ優美な姿を見せている。登山道は県境と重なっており、島根県側にある大膳原野営場はよく整備されたキャンプ場で、休憩所やトイレもある。いつか泊まってみたいものだ。
休憩所に設置されていた吾妻山の登山コース案内看板 大膳原から見た吾妻山 きれいに整備された大膳原野営場 避難小屋を兼ねたキャンプ場の休憩施設 稜線から吾妻山の山頂を見る
午前11時半。大膳原を後に、吾妻山への上りにかかる。山容は優しげなのだが、東西面は切れ落ちた急斜面になっており、意外にハードだ。先回りしているはずの2人をあまり待たせてはいけないので先を急ぐ。天気はすっかり回復し、青空が広がって爽快だ。稜線に出ると、山頂までは緩やかな道が続く。約40分で山頂に着いた。2人は10分ほど前に到着したそうだ。あまり時間差がなくてよかった。
登山者でにぎわう吾妻山山頂 山の方向を示す方位盤大展望の吾妻山上
吾妻山の山頂はほぼ360度、遮るものがない大展望が広がる。東側には比婆山。御陵のあたりがこんもりとした樹林になっている。伊邪那岐命が伊邪那美命の陵墓を遠望して「吾が妻よ」と呼びかけたという伝説が身近に迫る。歩いてきた立烏帽子山、池ノ段からのルートも一望だ。遠く大山(1729メートル)も見ることができた。
伊邪那岐命が妻を懐かしんだという吾妻山から比婆山御陵(中央)を遠望する 吾妻山山頂から旧休暇村を見下ろす吾妻山は駐車場のある西側の旧休暇村から50分ほど、ハイキング感覚で登れることもあって、山頂は家族連れをはじめたくさんの登山者で大にぎわいだ。合流した2人によると、旧休暇村の登山口から見上げると、「あんなところまで登るのか」と絶望に駆られたそうだ。実際に下山してみると、山頂までのルートがしっかり見えるせいか、実際よりも高度差があるように見えた(実際には110メートルほど)気がした。
休憩所のある1120メートル付近から見上げた吾妻山旧休暇村付近は道後山や県民の森公園センター一帯(六の原)などと同じくかつては砂鉄の大産地だった。原池、瓢箪池、大池の3つの池は砂鉄を採取する鉄穴(かんな)流しに使う水を確保するための遺構だ。大池にはコイが多くいて、近くを通るとエサを求めて水面に集まっていた。
製鉄遺構の原池と吾妻山 エサを求める大池のコイ
蕎麦の里とトロッコ列車
吾妻山の北、島根県側の奥出雲町は蕎麦の里でもある。せっかく近くまで来たのだからお昼は出雲そばを食べて帰ろう。山中の道を走ること約40分、JR木次線の八川駅前にある「八川そば」へ。午後2時だというのに店は大行列だ。待っている間に、観光トロッコ列車「奥出雲おろち号」がやってきた。青と白のツートンカラーのディーゼル機関車が引っ張る列車は存在感たっぷり。2023年度いっぱいで廃止されるそうだ。JR西日本は車両の老朽化を理由にしているが、広島県側に接続する芸備線同様、利用者減少による存廃論議をにらんだ措置なのかもしれない。ホームでは「八川そば」の売り子さんがそば弁当を乗客に販売していた。
当方は店で約40分待って山菜や山芋、きんぴら、舞茸がのった名物ざいごそばをいただいた。温そばは、濃厚なそば湯とそばつゆを合わせた器につかって出てくる独特のスタイルだ。好みでかえしを足して味を調節できるのがうれしい。すっかり満腹になり帰途についた。
2022.10.29(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」