バスと電車と足で行くひろしま山日記 遠征編 くじゅう連山(大分県)

久住山と御池 久住山と御池

夏休みに計画していた北アルプス遠征は、新型コロナの第7波が拡大したこともあって残念ながら断念した。代わりにプランニングしたのは、2泊3日の九州家族旅行。九州はかつての勤務地でもあり、中日の1日をホームグラウンドにしていたくじゅう連山の登山にあてることにした。東西15キロにわたって20以上の火山が群立する連山の中から、主峰の久住山(1786.5メートル)、九州本土最高峰の中岳(1791メートル)、峰続きの天狗ヶ城(1780メートル)の1700メート峰3座をめぐる計画を立てた。

▼今回利用した交通機関
行き)九重観光ホテル(8:00)→送迎マイクロバス→(8:10)牧ノ戸登山口
帰り)大曲登山口(16:55)→(17:00)九重観光ホテル
*九重観光ホテルまではレンタカーを利用

 


「九重」か「久住」か「くじゅう」か


「くじゅうさん」の表記をどうするかは悩ましい。「日本百名山」に選んだ深田久弥は「九重山」と記しているし、火山活動を観測している気象庁も「九重山」を採用している。かつて山中にあった寺の山号がそれぞれの地域の山名になったため、北麓の九重町(町名はややこしいことに「ここのえまち」と読む)は「九重山」、南麓の旧久住町(現竹田市)は「久住山」と呼んでいた。いまも主峰格の山名は「久住山」だ。双方が話し合った結果、久住山や星生(ほっしょう)山、大船(たいせん)山、三俣(みまた)山などの山々を総称して「くじゅう連山」と呼ぶことになった。環境省も阿蘇カルデラを含む一帯を「阿蘇くじゅう国立公園」の名で指定している。というわけで、一連の山々の呼称は「くじゅう連山」とし、個々のピークはそれぞれの山名を使うことにしたい。

 


車中泊の車列にびっくり


初日の阿蘇方面の観光を終えて宿泊場所の九重観光ホテルへ向かう途中の午後6時過ぎ、翌日の登山口になる牧ノ戸峠を通りかかった。あたりはすっかり暗くなっているのに、駐車場は7割方埋まっている。「この時間にこれだけたくさんの登山者が下山していないわけがない。まさか…」。そう、翌日の登山に備えて前日から駐車場所を確保し、車中泊で待機している人たちの車列だ。ホテルは登山口から10分もかからないところにあるので、乗ってきたレンタカーで朝移動すればいいと考えていたが、この調子では午前5時に来ても駐車場に入れるかどうか怪しい。紅葉の季節のくじゅう人気を甘く見ていた。登山口までマイクロバスで送迎してくれるホテルのサービスに慌てて申し込んだ。
翌朝、午前8時にホテルを出たが、牧ノ戸峠の2キロくらい手前から駐車場に入り切れなかった車が路肩にずらり。登山口に向かって歩く登山者が多くいたのを見て宿のサービスに感謝した。

登山者でにぎわう牧ノ戸登山口 登山者でにぎわう牧ノ戸登山口

スタートは真っ白


標高1330メートルの牧ノ戸峠は白いガスに包まれていた。天気予報は晴れだったのだが、山ではよくあることだ。回復を信じるしかない。午前8時15分、ポストに登山届を入れてメンバー5人でスタートした。周辺の紅葉はほぼ見頃だ。しばらくはコンクリートで固められた階段つきの道が続く。大した斜度ではないのだが、まだ体が慣れていないこともあって地味に体力を削られる。約20分であずまやのある展望台に出た。天気が良ければ眼下に長者原(ちょうじゃばる 九州では「原」を「ばる」「はる」と読ませる地名が多い)のタデ原湿原や遠く豊後富士こと由布岳(1583.3メートル)も望めるはずなのだが、真っ白。気を取り直して進む。舗装路と木段を登り詰めると南側が開けた尾根の平地に。ここからは阿蘇五岳の雄大な姿を拝めるはずだが変わらず視界なし、だ。

スタート直後は舗装された階段が続く スタート直後は舗装された階段が続く
展望所。残念ながら眺望はなし 展望所。残念ながら眺望はなし

沓掛山(1503メートル)の山頂付近は紅葉が盛りだ。あたりを包むガスが幻想的な雰囲気を漂わせている。道は登山道らしくなり、岩の間を抜けたり、石畳が敷かれていたり、はしごや木製の階段があったりと変化に富んで飽きさせない。

沓掛山に向かう道。ガスが濃い 沓掛山に向かう道。ガスが濃い
沓掛山の山頂付近。紅葉は盛り 沓掛山の山頂付近。紅葉は盛り

 


計画外の星生山へ


扇ヶ鼻分岐を過ぎ、星生分岐に着いたのが午前10時前。このまま直進すれば西千里浜と呼ばれる、山中では珍しい広い平地を通って最短距離で久住山の麓の久住分かれの広場に至る。久住山の山頂でお昼ご飯にする予定なのだが、天候は未だ回復していない。相談の結果、時間調整を兼ねて星生山(1762メートル)に立ち寄ることにした。

星生山への分岐 星生山への分岐

山頂に至る道は結構な急登だ。晴れていれば少々気持ちがなえるところだが、ガスで周囲が見えないので集中して上ることができる。20分ほどで山頂に到着した。「天気さえ良ければなあ」と残念に思っていたら、急にガスが消え始め、西千里浜や噴気を上げる硫黄山などが見えてきた。これは後が期待できる。

星生山のきつい上り 星生山のきつい上り 星生山の頂上。この時はまだガスに包まれていた 星生山の頂上。この時はまだガスに包まれていた

星生山は奇岩怪石が林立する山だ。久住分かれに向かう尾根上の縦走路にも岩場があり、切れ落ちた崖の側など通り抜けに勇気がいる場所もあるので慎重に歩を進める。女性陣は引き返して安全な道を行くことになった。ガスはどんどん消えてゆき、久住分かれに下りるころにはすっかり晴れ渡っていた。

一気にガスが消え始め、硫黄山や麓が見え始めた 一気にガスが消え始め、硫黄山や麓が見え始めた 岩が連なる星生山の稜線 岩が連なる星生山の稜線 西千里浜を見下ろす 西千里浜を見下ろす

連山の盟主に向かう


久住分かれの広場は登山者で大にぎわいだ。眼前には久住山が三角形の鋭鋒を見せて立ち上がっている。連山の盟主にふさわしい風格だ。ここには清潔なトイレと避難小屋もある。トイレは1人100円を料金箱に入れて利用するルールだ。15分ほどで西千里浜経由の女性陣と合流した。下から見た星生山もすばらしい景色だったそうだ。

久住分かれから久住山を見上げる。ピラミダルな山容が印象的 久住分かれから久住山を見上げる。ピラミダルな山容が印象的

ひと息入れて久住山を目指す。切り立った正面の斜面ではなく、左手の支尾根を行く。一番人気の山ゆえに登山道はオーバーユース(過剰利用)で少々荒れ気味。砂と岩の道は滑りやすいところもある。稜線に出ると大きな岩が増えるが、傾斜は緩くなるので楽に歩ける。くじゅう分かれを出てから約30分で登頂。ゴロゴロとした岩に覆われた頂上は20~30人の登山者でにぎわっていた。ガスはすっかり晴れ、360度の展望が広がる。山頂標識を囲む記念写真は順番待ちだ。当方も全員で撮影した。

広い範囲が岩と砂地になっている久住山の登山道 広い範囲が岩と砂地になっている久住山の登山道 久住山山頂 久住山山頂 久住山からの眺望 久住山からの眺望

時刻は正午過ぎ。風もなく、暑くも寒くもない絶好のランチタイムだ。連山の絶景を見渡せる北側に腰を下ろし、宿で用意してもらったおにぎり弁当をいただく。うまい。完食後は前日に阿蘇の白川水源(熊本県南阿蘇村)でくんできた名水をわかしてドリップコーヒーを楽しんだ。

おにぎり弁当 おにぎり弁当 阿蘇の名水でドリップコーヒーを淹れる 阿蘇の名水でドリップコーヒーを淹れる

 


山上の湖と2峰周回


来た道を引き返し、中岳へ向かう。右手にその名の通り水のない空池を見ながら進むと、眼前に豊かな水をたたえた御池(みいけ)が現れた。青空を映した山上の湖は神秘的な美しさだ。空池とともにかつての噴火口の跡だ。中岳へのルートは御池の南側のほとりを歩く。水面のすぐ横を歩けるのは得難い体験だ。くじゅう連山の魅力は、ただ山を登るだけでなく、多彩な環境の登山道と変化に富んだ景観を楽しめることにある。

青空を水面に映す御池 青空を水面に映す御池

御池の北側の斜面を上りきると、中岳と天狗ヶ城の鞍部だ。分岐を右に中岳へ向かう。山頂にいる人の姿が見える。少し険しい岩場もあるが、それほど危ないところはない。15分ほどで九州本土最高峰(島も含めると屋久島の宮之浦岳=1936メートル=が最高)、1791メートルの頂に立った。久住山とは違う角度で360度の眺望が楽しめる。坊がつる湿原の東にそびえる大船山(1786メートル)が眼前に立ち、その山肌はドウダンツツジだろうか、赤く染まっている。6月ごろには隣の平治岳(ひいじだけ)とともにピンクのミヤマキリシマが咲き誇る花の名山でもある。

中岳への上り 中岳への上り 九州本土最高峰・中岳(1791メートル)。右後方の大船山の山腹は赤く色づいていた 九州本土最高峰・中岳(1791メートル)。右後方の大船山の山腹は赤く色づいていた

15分ほど休んで下山、分岐を下りずに直進して本日最後の1700メートル峰、天狗ヶ城に向かう。左手の御池の水面はエメラルドグリーンに輝いている。正面には険しい岩稜が見えているが、登山道は岩稜の右側を巻くようについているので心配はない。山容は一見険しそうに見えるが、ものの10分ほどで登頂。山頂は中岳に比べてかなり広い。北側には、噴気を上げる硫黄山の白い峰の向こうに前日泊まった九重観光ホテルが温泉井の蒸気とともに見えた。

中岳と天狗ヶ城の鞍部から久住山と御池を望む 中岳と天狗ヶ城の鞍部から久住山と御池を望む 噴気の上がる硫黄山。遠く温泉の蒸気が上がるホテルが見える 噴気の上がる硫黄山。遠く温泉の蒸気が上がるホテルが見える 天狗ヶ城(後方) 天狗ヶ城(後方)

旧硫黄鉱山の周囲を歩く


天狗ヶ城から急坂を下り、再び久住分かれに戻ってきた。同じルートを通っても面白くないので、帰りは北千里浜へ降りて諏蛾守越を越えて大曲登山口に下山するルートを選んだ。ちょうど硫黄山の周囲をぐるっと巡るようなルートだ。硫黄山は江戸時代から火薬や医薬品などの原料になる硫黄の採掘が行われ、昭和時代にかけて盛んに生産された硫黄鉱山だった。山肌は噴出物やガスの影響なのか白や黄色に染まっており、高木もない。

くじゅう分かれから谷底の北千里浜までは標高差が170メートルほどある。岩場の急坂の下りは歩きにくい。岩だらけの場所は踏み跡がはっきりしなくなるので、岩に黄色のペンキで書かれた目印が頼りだ。滑らないよう慎重に下るが、かなり足に疲れが来ている。

北千里浜は硫黄山の影響なのか、植生が豊かな西千里浜と違って荒涼とした印象だ。ここもまた、いままで歩いてきたルートとはかなり雰囲気が異なり興味深い。

北千里浜への下り。岩に描かれた黄色のペンキが目印。正面は三俣山 北千里浜への下り。岩に描かれた黄色のペンキが目印。正面は三俣山 荒涼とした北千里浜 荒涼とした北千里浜

最後の上りになる諏蛾守越の峠への道は、これまた岩だらけ。ルート上に点々と記された黄色ペンキの目印を頼りに歩を進める。約1500メートルの峠には避難小屋が整備されている。三俣山への分岐を見送り、後は下るのみ。硫黄鉱山があった北側の山腹は採掘跡が広範囲に広がっている。途中から作業道路に合流し、再び山道(よく滑る)を経て大曲登山口に着いたのは午後4時53分。迎えのマイクロバスは午後4時40分にお願いしていたので少し遅れたが無事合流。ホテルまで送ってもらった。

総歩行距離は11.8キロ。1700メートル峰を予定より1座多い4座踏破し、充実の山歩きだった。

諏蛾守越への上り。ここも黄色いペンキをたどる 諏蛾守越への上り。ここも黄色いペンキをたどる 諏蛾守越の避難小屋と鐘 諏蛾守越の避難小屋と鐘

《メモ》九州の山登りのお楽しみは下山後の温泉だ。「おんせん県」を名乗る大分県は泉質のバラエティも豊富だ。くじゅう連山周辺には珍しい温泉がいくつもある。今回は入浴する時間がなかったが、おすすめの湯を紹介しておこう。その一つは炭酸泉だ。有名なのは南麓の長湯温泉や七里田温泉だが、長者原に近い「山里の湯」(玖珠郡九重町田野1268-2)は、ぬるめの湯船に入れば体中に泡が付く、とても濃度の濃い炭酸泉だ。もうひとつは「筌(うけ)の口共同温泉」(玖珠郡九重町田野筌の口)。地元の人が管理する共同浴場だ。黄金色の濃厚な温泉で、普通の石鹸では泡がたたないほど成分が濃い。地元の人はみなさん液体のボディウオッシュなどを持参されていた。機会があれば、ぜひ。

2022.10.23(日)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

 

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
LINE はてブ Pocket