バスと電車と足で行くひろしま山日記 第30回鎌倉寺山(かまくらじやま 広島市安佐北区)

満開のシャクナゲ

石楠花と書いてシャクナゲと読む。俳句では初夏の季語でもあり、5月下旬から6月にかけて咲く淡紅色や白い花の華やかさ、優美さは、登山で見ることのできる花木の中でも別格だ。広島市近郊で山頂付近に自生地があることで有名なのが鎌倉寺山(標高613メートル)だ。岩稜の尾根をたどる登山ルートがあることでも知られている。これから梅雨に向かうことを考えると、週末、しかも花の盛期に登れるチャンスはそうはない。思い立って行ってみることにした。

▼今回利用した交通機関 JR芸備線・山陽線・可部線(おとな片道680円)*時刻は休日ダイヤ
行き)横川(6:41)→(6:47)広島(6:57)→(8:03)志和口
帰り)志和口(14:04)→(15:04)広島(15:08)→(15:13)横川

 


3.8キロのロードを歩き、岩稜と急登の尾根へ


最寄りはJR芸備線の志和口駅。広島駅から約1時間、神ノ倉山(https://hread.home-tv.co.jp/post-153012/)で利用した井原市駅の一つ手前の駅だ。登山口は2カ所考えられるが、岩峰の稜線を歩くのは元気なうちがいいと思い、南登山口を選択した。駅からは3.8キロほど離れており、川沿いの舗装路を約45分歩いた。

スタート&ゴールのJR志和口駅 スタート&ゴールのJR志和口駅 鎌倉寺山全景 鎌倉寺山全景

たどりついた登山口はあまりに地味でひっそりとしており、一度は見逃して通り過ぎてしまったほどだ。よくよく見ると、立ち木に「鎌倉寺山南登山口」と書かれた小さなプラスチック製の銘板が取り付けられていた。

鎌倉寺山登山口の標識。下山後はここに出てくる 鎌倉寺山登山口の標識。下山後はここに出てくる 東広島市との境界の手前を左折 東広島市との境界の手前を左折 南登山口。わかりにくい 南登山口。わかりにくい

入山すると、いきなりの急登。加えて岩場が次々と現れるのだ。息を切らしながら登ること約40分、南方の眺望が開けた岩場に着いた。両側が切れ落ちた岩が崖の先に続いている。「馬の背」というのだそうだ。危なそうなので先端に進むのは諦めて写真だけ撮影して登りを再開。30メートル上の眺望のよい岩の上に出た。眼下に見える「馬の背」では、登山者が馬にまたがるように乗馬姿勢で岩にまたがって少しずつ前へ進んでいた。なるほど、これなら安全に先に進める。うーん、その発想はなかったなあ。

最初から岩場の急登が続く 最初から岩場の急登が続く 馬の背。先端までは怖くて行けず 馬の背。先端までは怖くて行けず

この先、南峰の手前に待ち受けるのは無名の険しい岩峰だ。これまでも岩場続きだったが、基本的に直接岩を登るのは避け、脇を迂回する「巻き道」を通ってきた。だが、ここは尖った岩稜。岩場を下るしかない。しっかりしたザイルが設置されており、足元を保持しながら慎重に下ればそれほど危険はない。とはいえ、ザイルを頼りに10数メートルの岩場を下降するのはなかなかスリリングだった。

南峰手前の岩稜。ロープなしに下るのは至難 南峰手前の岩稜。ロープなしに下るのは至難 南峰から見た岩稜。岩場を下る登山者の姿も 南峰から見た岩稜。岩場を下る登山者の姿も 鞍部から槍ヶ峰を望む 鞍部から槍ヶ峰を望む

槍ヶ峰のピークを越えると…


南峰(474メートル)を越えるといったん50メートルほど標高を下げ、537メートルの槍ヶ峰に向かって登り返す。途中、尾根上に巨岩が立ちはだかると迷わず迂回(安全のためです)。尾根上の道は基本両側が切れ落ちたやせ尾根なので、岩がないところも油断はできない。約40分で槍ヶ峰山頂に到達した。かつては素晴らしい展望だったらしいが、周囲の木が生長していてそれほどでもない。気温が上がり、のども渇いてきたのでしばし水分補給を兼ねて休憩。変化に富んでいて楽しいコースだが、なかなかにハードだ。後から登ってきた人からも「けっこうきついですね」と声をかけられ、「本当にそうですね」と応じた。

行く手に立ちはだかる巨岩 行く手に立ちはだかる巨岩

ここから50メートルばかり下ってから、また登り返さなければならない。急斜面を下りようと下を見たら、スギの根元のあたり、緑の中に鮮やかなピンク色が見えた。この日初めてのシャクナゲだ。紅色の大きくて柔らかそうな花弁とつややかで硬質な葉との対比が印象的だ。つぼみは紅色が濃く、一層鮮やかだ。結構な傾斜の斜面に咲いていたのだが、木につかまりながら10分ばかり見惚れていた。

槍ヶ峰に咲いていたシャクナゲ 槍ヶ峰に咲いていたシャクナゲ

山上の桃源郷でランチ


時刻は10時40分。コースタイムより少し遅れ気味だ。先を急ごう。この後のピークは権兵衛山(565メートル)と鎌倉寺山(613メートル)の2つ。ここからは岩場はほとんどない。権兵衛山の手前でもシャクナゲが疲れを癒してくれた。

鎌倉寺山の山頂は樹林に囲まれて眺望はない。だが、山頂を取り巻くシャクナゲの群落がほぼ満開で迎えてくれた。ここで十方山(https://hread.home-tv.co.jp/post-160333/)の回でも紹介した、日本の植物学の父といわれる牧野富太郎が著した「牧野日本植物図鑑インターネット版」(高知県立牧野植物園が公開)からシャクナゲの花の記述を引用してみよう。「五六月ノ候昨年枝ノ枝端ニ花ヲ着ケ多数團集シ、徑5㎝内外、紅紫色ニシテ豐艶、甚ダ美観ヲ呈ス」。学術的でありながら、花の景色が伝わってくるような表現だ。

ピンクや白の花々に囲まれての昼食(朝が早かったので「むさし」は買えずコンビニおにぎり)は、山上の桃源郷気分。後から20人ほどの花見登山者が登ってきてとてもにぎやかになった。リーダー格と思われる男性が「すみませんねえ」と恐縮しておられたが、この素晴らしい光景はたくさんの人と一緒に楽しんだ方がいい。

鎌倉寺山山頂。樹林に囲まれ眺望はないが… 鎌倉寺山山頂。樹林に囲まれ眺望はないが… 満開のシャクナゲが山上を彩る 満開のシャクナゲが山上を彩る 透き通るような淡紅色のシャクナゲ 透き通るような淡紅色のシャクナゲ 白味が強い花もある 白味が強い花もある こちらは紅色が濃い こちらは紅色が濃い

山名の由来になった古寺跡


山頂の東側を数メートル下ったところに、山名の由来になった鎌倉寺の跡がある。本堂があったとみられるかなり広い平地があり、古い石塔や石仏が残っている。いつごろまで堂宇があったのかは不明だが、「白木町史」によれば、江戸時代の正徳(1711~1716年)の時期に「八間(14.4メートル)四方」のお堂があったという記録が残っているというから、相当な規模の寺だったと思われる。ちなみに正徳は新井白石が幕政の立て直しに活躍し、「正徳の治」が行われた時代でもある。麓の有留は中世の文献にも現れる古い歴史をもつだけに、鎌倉寺という地名も鎌倉時代との関係があるのかもしれない。この険しい山上に、どの時代のどんな人たちがどのような思いで寺を建て、いつごろどのような経緯で失われてしまったのか。最近地方では過疎化が進んで廃寺になる寺院が少なくないという話も聞いているだけに、古寺の来し方にしばし思いをはせながら下山した。

古い石塔が残る鎌倉寺跡 古い石塔が残る鎌倉寺跡 風化が進む石仏 風化が進む石仏 本堂の跡なのか、広い平地 本堂の跡なのか、広い平地

《メモ》
今回のスタート・ゴールになったJR志和口駅には、2010年ごろから1匹のオス猫が住み着き、「りょうま」と名付けられてネコ駅長として大人気を博した。「りょうま」に会うためにこの駅に来た人は2万人近くに上ったそうだ。2018年の西日本豪雨で芸備線が不通になった後も駅長を務めていたが、体調を崩し、2019年2月12日に鉄路の再開を見ることなく亡くなった。列車が戻った駅舎内には、「りょうま」を紹介するパネルが掲げられている。

2019年に旅立った志和口駅の人気ネコ駅長「りょうま」のパネルが駅舎に掲げられていた 2019年に旅立った志和口駅の人気ネコ駅長「りょうま」のパネルが駅舎に掲げられていた

20225.22(日)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

ライター えむ
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記
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